第69話:神、女傑に「去勢」を宣告する
空になったシェイカーを床に叩きつけ、満足げに
上腕二頭筋を誇示するヘルガ。その異様な光景に、
吾輩はこめかみを押さえ、深いため息を吐き出した。
これまで対峙してきた四天王の顔ぶれが、
走馬灯のように脳裏を駆け巡る。
「ふむ。やはり変態か。ヴィータ、貴様の言う
まともな奴とは、全知の辞書から常識という文字を
削除した者の代名詞だったようだな。もはや、
驚く気力すら湧いてこんわ」
吾輩の落胆に対し、ヴィータは激しく首を振り、
必死の形相でヘルガを庇い立てした。
「アスタロ、それは偏見だよ! 彼女はただ
ストイックなだけなんだよ! 前の世界でも、
部下たちを鍛え上げて最強の軍団を作った
英雄なんだ! 酒や放置プレイとは次元が違うだろ!」
「同じだ。何かに異常に固執し、本来の職務を
逸転している時点で、管理ログ上は同種のバグとして
処理される。さて、不毛な口論をしている時間は
吾輩にはない。本題に入らせてもらうぞ」
吾輩は一歩前へ出ると、黄金の瞳で
ムキムキの女傑を真っ直ぐに見据えた。
ヘルガは不敵な笑みを浮かべ、次のセットの
ダンベルに手をかけようとしたが、
吾輩はそれを神の威圧で静止させた。
「ヘルガ。率直に言おう。吾輩は管理者として、
貴様に二つの付与を適用しに来た。
一つは、貴様の強大すぎる魔力放出を
永続的に抑える付与だ。そして」
吾輩は言葉を区切り、ルナリエに目配せをした。
彼女は無表情にバインダーをめくり、
宣告の続きを引き継いだ。
「そしてもう一つ。今後二度と子孫を残せぬよう、
一代限りの去勢の付与を承諾していただきます。
四天王としての不適切な繁殖によるデータの増殖を、
事前に遮断するためです」
館の中に、凍りつくような沈黙が流れた。
あまりにストレートな宣告に、ヴィータは
泡を吹いて倒れそうになっている。
だが、筋肉の塊たる女傑は、低く笑い声を上げた。
「面白い。種を絶やすだと? 軟弱な神よ。
この鋼の肉体に傷一つつけられぬ貴様に、
何ができるというのだ! まずはその減らず口を、
我が筋肉で粉砕してくれよう!」
突如、ヘルガが爆発的な踏み込みで肉薄した。
丸太のような豪腕が、吾輩の頭部めがけて
容赦なく振り下ろされる。だが、その拳が
吾輩に触れるよりも早く、影が割り込んだ。
ルナリエが最小限の動きでヘルガの腕を払い、
その力を利用して巨躯の軸を鮮やかに崩した。
柔く鋭い連動。物理法則を最適化させた技により、
秘書は指先一つで、女傑を空中で一回転させた。
「アスタロ様。話し合いの余地はないようです。
交渉のテーブルを自ら破壊した以上、
物理的なデバッグに移行する許可を願います」
吾輩は神である。
そして、今日からはこの世界のルールであり、
筋肉の暴挙を技で制する秘書に命を預けつつ、
力による強制的な修正を決意する、創造主である。




