第6話:神、時短のために因果を歪める
「……はぁ。ルナリエ、もう無理だ。
吾輩の全知全能の足が、
悲鳴を上げてストライキを起こしている」
村を出てからわずか数十分。
吾輩は街道の真ん中で、
生まれたての小鹿のように膝を震わせた。
「アスタロ様。
泣き言を言うには早すぎます。
王都までは、徒歩でおよそ一週間。
今はまだ、村の匂いがする距離ですよ」
「一週間!? 正気か!?
そんなの、吾輩が指を一回鳴らせば
ゼロ秒で終わる工程ではないか!
いいだろう、ルナリエ。転移だ!
今度は不法侵入にならないよう、
王都の門の前に完璧に着地して――」
「却下です。不自然な転移は
因果律にログが残ると言ったはずです。
歩くことで、この世界の現状を
調査するのが目的でしょう?」
「……ふっ、そう言うと思ったよ、ルナリエ。
だがな。吾輩は神だぞ?
転移がダメなら、『王都までの距離』を
変えてしまえばいいのだ!」
「……は?」
吾輩は不敵に笑い、
空間の『理』に直接指を突っ込んだ。
一週間という時間を、一時間に。
王都までの長い道のりを、数キロに。
世界そのものの尺度を、
吾輩の都合に合わせてぐにゃりと歪める!
――ピキィィィィィンッ!!
「よし、完了だ! 見ろ、ルナリエ!
あそこにある丘を越えれば、
もう王都の城壁が見えるぞ。
悪影響が出ないよう、因果の摩擦係数を
丁寧に調整した。これなら転移じゃない、
ただの『少し長い早歩き』だ!」
吾輩は得意満面に、
完璧なソリューションを提示した。
……はずだった。
ドッゴォォォォォォンッ!!
視界が、真っ白になった。
吾輩の顔面に、
音速を超えたルナリエの『正拳突き』が、
深々とめり込んだのだ。
「……あ、ぶっ!?」
「アスタロ様。……ふざけないでください。
あなたが理をいじったせいで、
今、この一帯だけ太陽の動きが爆速になり、
一時間で一週間分の昼夜が繰り返されました。
高速で明滅する空のせいで、
カイル様が泡を吹いて倒れているのが
見えませんか?」
「だ、だだだ、だって、
歩くのめんどくさかったんだもん……」
「もん、ではありません!
そんなデタラメな時間の圧縮、
転移よりタチが悪いです!」
一方で、後ろを歩いていたカイルは
白目を剥いて地面に転がっていた。
彼からすれば、一歩歩くごとに太陽が沈み、
一瞬で月が昇り、また朝が来る……。
それが高速で繰り返されたのだ。
「ひぃぃぃ……目が、目が回るぅぅ……。
神様が怒って、時間を早回しに
してるんだぁぁ……世界の終わりだぁぁ!」
「カイル様、しっかりしてください。
これはただの……異常な時化のようなものです」
「嘘だ! こんなの絶対おかしいよ!
暴力で解決してる場合じゃないだろぉぉ!」
カイルの絶叫が響き渡る中、
吾輩は鼻を押さえながら地面に転がった。
「……痛い。全知全能なのに、
秘書のグーパンが普通に痛い……」
「当然です。神罰(物理)を込めましたから。
いいですか、アスタロ様。
これ以上勝手な真似をしたら、
次は次元の隙間にあなたを埋めますよ」
「……はい。ごめんなさい」
こうして、一時間の『早歩き(因果圧縮)』で、
吾輩たちは王都の門前に辿り着いた。
吾輩は神である。
そして、今日からはこの世界のルールであり――
秘書の拳の硬さを、
誰よりも深く知る被害者である。




