第5話:神、泣きべそ勇者の食卓に乱入する
「よし、ルナリエ。場所は分かったな?
西の果ての村だな。……飛ぶぞ!」
吾輩は精神を集中させ、
空間の座標を指先でなぞった。
神の権能による『空間転移』。
下界に降りてから初めて使う移動術だ。
本来なら数ヶ月かかる道のりを、
まばたき一つの間に短縮する。
――シュンッ!
「……ふむ直。我ながら完璧な着地だ。
やはり吾輩は天才だな」
「……アスタロ様。
天才を自称する前に、足元を見てください。
泣きべそをかきながらパンの耳をかじっていた、
この少年の食卓の真上に土足で立って
何が完璧ですか」
ルナリエが冷ややかに指摘する。
見れば、目の前にはカピカピのパンを
涙で濡らしながら食べていた少年が、
匙を落として固まっていた。
「ひっ……ひぃぃぃ! な、ななな、
誰ですかあんたたち! 密室なのに!?
魔王の刺客!? それとも人攫い!?」
「落ち着け、少年!
吾輩は不審者ではない。
君に『信託』を送った……えーと、
通りすがりの慈善家だ!」
「嘘だ! そんなの絶対嘘だ!
慈善家は鍵のかかった家の中に、
霧みたいに現れたりしない!
だいたい僕に『勇者になれ』なんて
変な声が聞こえたと思ったら、これだよ……。
どうせ僕は、どこか遠い国に
売り飛ばされるんだ、そうなんだ!」
少年――カイルは、
椅子の下に潜り込み、
ガタガタと震えながらこちらを疑っている。
「な、なんだこの疑り深い奴は。
ルナリエ、本当にこいつが
吾輩の選んだ勇者か?」
「はい。慎重すぎて、
自分から死にに行かない個体を選びました。
……カイル様、ご安心を。
私たちはあなたの旅をサポートする傭兵ですよ」
「傭兵……? 怪しい、怪しすぎる。
そんな綺麗な服を着た傭兵がいるか!
さては、新手の詐欺師だね!?」
「ああ、もう面倒だな!
吾輩がいれば、魔王なんて
デコピン一つで……あだっ!?」
ルナリエのチョップが、
吾輩の脳天にクリーンヒットした。
「アスタロ様。
余計なことを言わないでください。
それから、転移術の使用は今後一切禁止です。
密室への不法侵入は、説明が面倒すぎます」
「ええっ!? 歩くのか!?
神の吾輩が、わざわざ足を使って!?」
「当たり前です。現場調査と言ったのは
あなたですよ。……カイル様、出発です。
まずはこの国の王様に会いに行きましょう」
「え? いきなり魔王の城じゃなくて、
まずはそこらへんの森で
レベル上げとかしないのか?」
吾輩の問いに、ルナリエは
冷徹な正論を突きつけた。
「アスタロ様、世間知らずにも
程があります。
まずは王様に謁見して、
『支度金』と『装備一式』を
せしめるのが勇者の定石です。
予算もなく現場を動かせるわけが
ないでしょう」
「予算……。
神の使いが、国から金を
もらうのか?」
「当然です。今の私たちは路銀を
銅貨一枚も持っていないのですよ?
全財産ゼロです。
ならば王から正式に予算をもらい、
経費で旅をするのが賢い選択です。
……分かりますね? これはビジネスです」
「国家予算で、旅をする……?
やっぱりあんたたち、
僕を王様に売り飛ばして、
紹介料を山分けするつもりだなぁぁ!」
ルナリエに急かされ、
吾輩はカイルの襟首を掴んで引きずり出した。
「わ、分かったよ……。
よしカイル、まずは王様から
活動資金……いや、
支援金をもらいに行くぞ!」
「うぅ……やっぱり人身売買だ。
一生、王宮の地下で働かされるんだぁ……!」
こうして、最強の神と毒舌秘書、
そして史上最悪に疑り深い勇者の、
一歩ずつ歩む歪な旅が幕を開けた。
吾輩は神である。
そして、今日からはこの世界のルールであり――
秘書に移動手段を制限される、
ただの不審者である。




