第61話:神、広大な「演算」のために黙する
さすがは大国たる獣人の国と言うべきか。
数万の民を一時的に国外へ移送するという事業は、
一日や二日の突貫作業で完了するほど容易ではない。
結局、最後の獣人が国境を越え、広大な森から
完全に人の気配が消え失せるまでに、二週間の時間を要した。
だが、その間も吾輩がただ漫然と待っていたわけではない。
一国の広大な面積の時間を、数十年分も一気に
加速させるための膨大な神力を蓄えていたのだ。
吾輩の額には、激しい負荷による神の汗が滲んでいた。
そこへルナリエが冷徹な報告を携えて現れた。
「アスタロ様。全住民の国外退去完了を確認しました。
ですが、変態ガウルだけは、依然として
あのコロシアムで放置プレイを堪能していますが」
「放っておけ。本人が望んだ至高の放置なのだ。
数十年分、時が進んだ孤独に悶えさせておけばいい」
「えぇっ! アスタロ、それはあまりに酷いよ!
ボクが仕事を紹介した大事な部下なんだから、
せめて安全な場所へ移動させてあげてよ!
セレス、お願いだからボクと一緒にあいつを運んでよ!」
ヴィータが涙目で食い下がるが、セレスは
即座に嫌悪感を露わにして首を横に振った。
「やだ! あんな変態に触ったら不運がうつりそうだし、
第一、汚らわしいもん! 自分一人でやりなよ!」
「そんなこと言わないでよぉ! ボク一人じゃ、
あんな重たい大男、引きずっていくのも無理だよぉ!」
神々(?)による醜い押し付け合いを横目に、
ルナリエが事務的にバインダーを叩いた。
「アスタロ様。生命神と貧乏神、そして勇者一行を
術の影響圏外へ避難させる必要があります。
彼らの退去と、ガウルの搬送を待つため、
執行まであと一日、待機時間を設定します」
カイルは遠くで、縄に縛られたままのガウルを
憐れみの目で見つめていたが、助ける勇気はなさそうだ。
結局、ヴィータが半泣きでガウルの足を掴んで
ずるずると引きずり始めるのを、吾輩は黙視した。
「大地の残留魔力が浄化され、生態系が回復するまで
必要な期間は正確に四十二年と七ヶ月です。
アスタロ様。一行の避難が完了する明日、
一気に上書きを開始していただきます」
吾輩は神である。
今日からはこの世界のルールであり、最後の一日を
仲間の避難に費やし、四十二年の時を掌に凝縮し、
枯れた大地を未来へと投げ飛ばす、創造主である。




