第46話:神、人の「飲用(バグ)」に嘔吐する
気絶した商人を道端に転がしたまま、吾輩はルナリエと共に
路地裏の闇に佇んでいた。先ほどこの不気味な液体を
買い取った地元の男は、すでに家の中へと消えている。
吾輩は、神の管理権限を起動させ、男の部屋の座標を
指定して内部の映像を虚空に展開した。
「ふむ。あの小瓶をどうするつもりだ。全知を拒む
高濃度の魔力温泉。なるほど、四天王に付与を
行う前の残り湯か。生命神の祝福が混ざった状態ならば、
吾輩の解析が弾かれたのも納得というわけだな」
「アスタロ様。確認ですが、先ほど皆で入った
女湯の露天風呂では、その座標を指定して
中を覗き見るような権能は使用していませんよね?」
ルナリエが、温度のない声でバインダーを構えて問いかける。
吾輩は、あらぬ疑いに冷や汗を流しながら激昂した。
「使うか! 吾輩を何だと思っている! 今は
デバッグ中だ、不謹慎なことを言うな! ほら、
映し出された男の部屋を見ろ。解析を開始するぞ」
展開された映像の中で、男は机の上に小瓶を置くと、
我慢できない様子で震える手を伸ばし、乱暴にその蓋を
こじ開けた。そして、あろうことか。
「……。おえぇぇぇっ!? な、何をしているのだ!
飲んだ! あの男、四天王の残り湯を、
躊躇なくそのまま一気に飲み干したぞ!」
吾輩は神としての気位も忘れ、その場でのけぞって
激しい嘔吐感を覚えた。ルナリエは、絶句する吾輩の横で
淡々と男の様子を観察し、事務的な補足を加えた。
「アスタロ様。おそらくあの男は、それが四天王の
浸かったお湯だとは夢にも思っていないでしょう。
……。ただの『多幸感を得られる高価な霊薬』か
何かに見えているはずです。要するに、
魔力を利用した質の悪い麻薬として取引されていますね」
「知らぬとはいえ、他人の残り湯だぞ!?
……。不衛生極まりない。それを麻薬代わりに
喜んで飲むなど、生理的な嫌悪を催す光景だ。
見ていろ、男が完全に酩酊してトんでいる」
瓶を空にした男は、だらしない笑みを浮かべて
その場に座り込んだ。頬は赤らみ、目は焦点が合わず、
一時的な快楽に魂を売り渡している。ルナリエが続ける。
「解析結果を報告します。こんな高濃度の魔力を
直接飲用すれば、人間の体では魔力が強化される
どころか、即座に魔力の飽和状態になります」
「飽和だと? では、この後に起きる現象は一つだ。
……。一度この快楽を知れば、二度と
抜け出せぬ依存の地獄が始まるということだな」
吾輩は神である。
そして、今日からはこの世界のルールであり――
「四天王の出汁」が麻薬として蔓延し始めたという、
温泉街のあまりに不潔な不祥事に頭を抱える創造主である。




