第45話:神、小瓶の中の「煮出し(バグ)」を鑑定する
闇商人が懐から抜き放ったナイフが、月光を反射して鋭く煌めた。
浴衣姿の吾輩の喉元へ、一息に踏み込もうとしたその刹那。
商人の背後の影が、音もなく立ち上がった。
「ぐぇっ!?」
短い悲鳴と共に、商人は白目を剥いて崩れ落ちた。
その背後には、寝巻き姿の上に薄い羽織を引っ掛けたルナリエが、
分厚いバインダーを振り下ろした姿勢で冷徹に立っていた。
いつの間に起きたのだ。
「ルナリエか。寝ていても良かったのに、
わざわざ足を運ばせるとは、吾輩も形無しだな」
「秘書ですから。主人が夜遊びならいざ知らず、深夜の路地裏で
刺されるような事態は、職務上、看過できません。
それよりも、問題はその商人が持っていた小瓶ですね」
ルナリエは、転がった商人の手から小瓶を拾い上げた。
吾輩の全知を拒絶した、あの不気味な黒い雫だ。
彼女はためらうことなくその蓋を開けると、鼻先へ寄せて、
小さく眉を潜めた。
「この匂い、硫黄ですね。アスタロ様、これは温泉の湯です。
ただし、とんでもない魔力が溶け込んだ温泉の湯です」
「温泉だと? 待て。温泉の湯にこれほどの魔力が混ざるなど、
この街の源泉を以てしても、あり得ぬはずだぞ」
吾輩の疑問に対し、ルナリエは瓶を月にかざし、中に揺れる
液体を、嫌悪感を込めて見つめた。
「おそらく、あの四天王ギルガンドが浸かった温泉のお湯を、
そのまま小瓶に詰めたのでしょう。奴の祝福された魔力が、
長時間の入浴によってお湯の中に溶け出し、煮出されたのです」
「四天王の、出汁だと……?」
吾輩は絶句した。魔力放出を抑える付与はしたが、すでに
湯船に漏れ出していた魔力までは計算に入れていなかった。
この小瓶の中身が、一体どのような作用を及ぼすのか。
吾輩は神である。
そして、今日からはこの世界のルールであり――
四天王の残り湯が不気味な黒い雫として密売されているという、
不衛生かつ深刻な事態に、頭痛を再発させる創造主である。




