第43話:神、露天風呂の「神秘(バグ)」を独り仰ぐ
結局、吾輩は多数決という名の暴力に屈し、アルカナ領
随一と名高い老舗宿の暖簾をくぐることとなった。
男湯の木札を横目に、吾輩はカイルとヴィータを引き連れ、
湯気の立ち込める巨大な石造りの露天風呂へと足を踏み入れた。
一方、壁を隔てた女湯の方からは、耳を劈くような
セレスのはしゃぎ声と、ルナリエの冷徹な、だが
どこか艶を帯びた制止の言葉が響いてくる。
「わぁーっ! お湯がとろとろだよ、ルナリエ!
見て見て、私のお肌が光ってる気がする!
これならお饅頭百個食べても、全部無かったことに
なるよねぇ。ルナリエも、ほら、もっと肩まで浸かって!」
「……セレス様、騒がないでください。……。ですが、
認めざるを得ませんね。この泉質、神の演算能力を
一時的に弛緩させるほどの完成度です。
この白磁のような肌を保つためなら、たまの休日も
論理的には正解と言えるでしょう」
湯船で肢体を伸ばす二人の姿を想像し(吾輩は全知ゆえ
見ようと思えば造作もないが、管理者としての品位により
自重した)、吾輩も岩肌に背を預けた。……。確かに、悪くない。
風呂から上がった一行は、豪華な広間で山海の珍味を
並べた夕食を囲んだ。ヴィータは地酒を煽り、カイルは
風呂上がりの火照った顔で、静かに箸を動かしている。
「ふむ。……。デバッグの合間の休息としては合格点だ。
さて、明日は早い。各員、さっさと布団に入り、
リソースの完全回復に努めるのだ」
深夜。宿が静まり返り、カイルの規則正しい寝息と、
セレスの「おかわり……」という寝言だけが響く中、
吾輩は布団の中でカッと目を開いた。……。やはり、消えない。
この街の底からじわじわと這い上がる、不快な予感が。
「……。やはり、思い過ごしでは済まされぬな。
ルナリエまで起こす必要もあるまい。吾輩一人で十分だ。
……。管理者として、この静寂の裏側を少し調べてみるとしよう。
これは、吾輩の直感の答え合わせだ」
吾輩は音もなく布団を抜け出すと、寝静まった廊下を通り、
月明かりに照らされた夜の街へと独りで滑り出した。
湯気の向こう側で、何かが「仕様外」の動きを見せている
確信を抱きながら、暗闇の奥へと足を進める。
吾輩は神である。
そして、今日からはこの世界のルールであり――
湯上がりで軽くなったはずの身体を引き摺り、
夜の温泉街に潜む「未知のバグ」を追い、
独り暗闇へと消えていく、孤独な創造主である。




