第42話:神、温泉(バグ)の誘惑に屈し始める
ふやけきった四天王ギルガンドへの「去勢付与」は、
本人のやる気のない承諾により、一瞬で完了した。
魔力を封じられ、一代限りの置物となった巨躯を
湯船に残したまま、吾輩は踵を返そうとした。
「よし。この地点のデバッグは概ね完了だ。
……。ルナリエ、次の四天王の座標を算出せよ。
こんな不快な湯気にいつまでも浸かっておれん」
だが、吾輩の命令に答えたのは、ルナリエではなく、
すでに服を脱ぎ捨てて手ぬぐい一本になった
ヴィータの情けない叫び声だった。
「待ってよアスタロ! せっかくここまで来たのに、
ひとっ風呂浴びていかないなんて殺生すぎるよ!
俺、人間になったから体が冷えるんだよぉ!」
「そうだねぇ。私もお饅頭食べすぎて喉乾いたし、
温泉入ってお肌ツヤツヤになりたいな。
……。アスタロ、四天王の魔力は封じたんだから、
もう何も怖いことなんてないでしょ?」
セレスが温泉饅頭の粉を飛ばしながら、
吾輩の裾をぐいぐいと引っ張る。
カイルまでもが、湯気に当てられたのか、
ミスリル剣を置いて、顔を赤らめて頷いていた。
「……。アスタロ様。セレス様の言う通り、
現時点での脅威は完全に無力化しました。
一ヶ月の道のりを一瞬で端折った疲れを
癒やすのも、管理者の健康維持には必要かと」
ルナリエまでが、手帳の端に「入浴休憩」と
書き込むのを見て、吾輩は深く溜息を吐いた。
……。だが、全知の回路の端っこで、
何かがチリリと焦げるような違和感がした。
「……。おかしい。……。何か、悪い予感がする。
去勢は済ませたが、この街に流れる空気が、
まだ何か不吉なバグを隠しているような……」
「考えすぎだよアスタロ! 温泉の成分が
脳みそに効きすぎたんだって!
さぁ、あっちの宿で極上の源泉を楽しもうよ!」
セレスに背中を押され、一行は湯気の向こうにある
豪華な温泉宿へと吸い込まれていく。
ヴィータは「あぁ、懐かしいなぁ」と上機嫌だ。
吾輩は神である。
そして、今日からはこの世界のルールであり――
この街に漂う嫌な予感を、仲間たちの欲望に
かき消され、不本意ながら宿に向かう創造主である。




