第41話:神、湯船の「剛腕(バグ)」を叱り飛ばす
絨毯が跳ね上げたお湯が、周囲に盛大な飛沫を散らす。
だが、その中心にある巨大な石造りの浴槽で、
真っ赤な顔をして寛いでいる大男は、
目を開けることすら億劫そうに鼻を鳴らした。
「ふぁ……。誰だ、気持ちよく寝ているところへ
水を差す無作法者は。……。え?
ヴィータじゃないか。お前もこの極上の湯に、
ようやく浸かりに来たのか?」
巨躯を揺らして、のっそりと半身を起こしたのは、
全身を分厚い筋肉で覆われた四天王、
『剛腕のギルガンド』だった。だが、その拳は
戦うためではなく、今はただ自分の腹を
さする音を立てるためだけに存在している。
「よぉ、ギルガンド! 元気してた?
いやぁ、人間になると鼻が利くっていうかさ、
このお湯の匂いだけで、もう辛抱たまらんよ!
俺も混ぜてくれよ、今すぐ飛び込みたい気分だ!」
「ほう、人間にか。それもまた一つの癒やしかもしれんな。
そこのピカピカの鎧の若造と、威張り散らしている
そっちの男もどうだ?
肩まで浸かれば、悩みなどすべて消えるぞ」
ギルガンドがカイルたちに湯を手向けるが、
カイルはミスリル剣の柄を握ったまま、あまりに
戦意のない四天王に、ただ呆然と立ち尽くしている。
「……。アスタロ様。これ、本当に倒すんですか?
四天王っていうから、もっとこう、
凄惨な戦場を想像してたんですけど……」
「黙れカイル。……。おい、ギルガンド!
貴様、四天王としての役目はどうした!
人間の領地を私物化して、自分までふやけきって、
何が『悩みなど消える』だ、この愚か者が!」
「おい、威勢のいい客人よ。怒るな。
戦うよりもこうしている方が、よほど世界は平和だ。
俺はもう、拳を握るよりも、
この湯の温度を保つことに命を懸けたいんだ」
「フッ、ならば、もはや四天王としての力など不要だな。
……。よし、ギルガンド。吾輩が今ここで、
貴様に『魔力放出の抑制』と『去勢』の付与を施してやる!
大人しく受け入れ、一代限りの置物として湯に浸かっていろ!」
吾輩の非情な宣告に対し、ギルガンドは欠伸をしながら、
投げやりな口調で即答した。
「あぁ……。好きにしろ。お前さんが満足して
帰ってくれるなら、俺は何をされても構わんよ。
……。ただし、湯が冷めるような真似だけはするなよ」
「……。よし。ヴィータの『祝福』は強力だが、
本人が干渉を望み、許可したならば上書きが可能だ。
……。承諾は得たぞ。強制デバッグ、開始だ!」
吾輩が指先を弾いた瞬間、黄金の光がギルガンドを包み、
魔族としての闘争心をガチガチにロックした。
「えぇ……。そんなにあっさり……。
ギルガンド、お前いいの!? 去勢だよ!?
……。そんな条件、普通はもっと渋るだろ!」
ヴィータが泡を食って叫び、湯船の横で硬直している。
吾輩は鼻で笑い、ルナリエは事務的に
ギルガンドの魔力が封印された事実を記録した。
吾輩は神である。
そして、今日からはこの世界のルールであり――
四天王の余りにも低すぎるプロ意識に呆れつつ、
本人の合意を得て一瞬で無力化を完遂させる、
最高に効率的な創造主である。




