第30話:神、全員ピカピカのまま「狂宴」を覗き見る
翌朝。砦の兵士たちが不安げに見守る中、吾輩たちは
魔族領へと続く重厚な裏門の前に立っていた。
カイルの白金の鎧とミスリル剣、そしてセレスの杖は、
朝日に反射して、直視できぬほどの輝きを放っている。
「アスタロ様。やっぱり、この格好で昼間の森に
入るのは無茶ですよ。僕ら全員、一キロ先からでも
光って発見されちゃいますって!」
「案ずるなカイル。全知全能の吾輩が、何の対策も
打たぬはずがなかろう。よし、全員そこに並べ。
神の隠密術を見せてやる!」
吾輩は指先を鳴らし、四人の周囲にある空気の
屈折率と存在確率を強引に書き換えた。
パチンという音と共に、吾輩たちの全身が
薄ぼんやりとした、実体のない残像のように揺らぐ。
「よし、これで完了だ。今の吾輩たちは背景の一部として
処理されている。たとえ魔物の目の前を歩いても、
奴らは我々をただの動く景色としか認識せんはずだ!」
「アスタロ様。これ、姿が消えているのではなくて、
存在感が希薄になっているだけでは。
しかも、装備の輝きだけは隠しきれずに、
ぼんやりと光が漏れ出していますが」
ルナリエが事務用バインダーで光の透過率を測り、
呆れたように溜息をつく。横ではセレスが、
「すごーい、みんな透けてる! これなら
おやつを盗み食いしてもバレないねぇ!」とはしゃいでいた。
「光っていても問題ない! 見えていても見えていないと
脳が誤認すれば、それは完璧な隠密だ!
さあ行くぞ! 白昼堂々、正面突破だ!」
吾輩たちは、砦の兵士たちが「あいつら、光りながら
消えていったぞ」と戦慄する声を背に、森へ踏み入った。
一歩踏み込むと、空気の密度が劇的に変わる。
太陽の光は届いているはずなのに、色彩が欠落した灰色の世界。
そして、どこからか聞こえてくる、高い女の歌声。
森の深部へ進むにつれ、その歌声は陽気な楽器の音色へと
混じり合っていった。やがて開けた場所に出た吾輩たちは、
そこで、到底信じがたい「バグった光景」を目の当たりにする。
「……な、なんですか、これ。……アスタロ様。
魔族と人間が……一緒に、お酒を飲んで笑ってます」
カイルが呆然と呟き、ミスリル剣を握る手が小刻みに震えた。
そこには、武装を解いた魔族の兵士たちと、
昨日戻らなかったはずの砦の偵察兵たちが、
円卓を囲んで賑やかに宴会を繰り広げている姿があった。
「あはは! 人間、お前の国のエールも悪くないな!」
「魔族の旦那、この肉もいけるぜ! ガッハッハ!」
敵同士が肩を組み、極上の料理を口に運び、
まるで長年の友人のように乾杯を繰り返している。
カイルが「術にかけられているんじゃ」と疑い目を凝らすが、
兵士たちの瞳に濁りはない。ただ純粋に、楽しそうなのだ。
「……アスタロ様。これ、強制的な術ではありません。
人間たちは、戦うよりもこの場にいる方が
幸福だと、自分の意志で判断してここに留まっています。
……。兵士としてのアイデンティティが崩壊していますね」
ルナリエが冷徹に分析する。だが、その隣では
全く別の意味で理性が崩壊しそうな奴がいた。
「ちょっと! あんなに美味しそうなお酒とご飯!
ずるいよぉ、私もあそこに混ざりたい!
ねぇアスタロ、隠密解いてよ! 私も乾杯してくる!」
セレスが涎を垂らしながら身を乗り出し、
今にも宴席へ突っ込もうとするのを、吾輩は首根っこを掴んで
引きずり戻した。
「黙れセレス! 貴様まで向こう側に行ってどうする!
……。しかし、四天王が仕掛けたのが、この『平和』か。
……。戦いを放棄させることで世界の物語を停滞させるとは、
なかなかに悪趣味な不具合ではないか」
「うーん、別に作戦とかじゃないと思うよ?
あ、あそこにいるのが四天王の一人だよ。
見ればすべてを理解できるよ。ほら、あそこ!」
セレスが指差した先。宴の中心にある最も豪華な席で、
誰よりも楽しそうにジョッキを掲げている影があった。
吾輩は神である。
そして、今日からはこの世界のルールであり――
全員の言葉を噛み締めつつ、ありえない姿で鎮座する
四天王の正体に、思考が停止しそうになる創造主である。




