第29話:神、老将の忠告を「仕様外」と断じる
バルカス司令官が語る、戻らぬ偵察兵と不気味な歌。
砦の窓から見える魔族領の森は、どす黒い靄に
包まれ、白昼堂々、視界を拒んでいる。
吾輩は、その淀んだマナの密度を鼻で笑った。
「正体が分からぬなら、吾輩が偵察してきてやろう。
戻らぬ兵どもの安否も含め、その『歌』の主を
この神の目で直接確認してやるのが手っ取り早い」
吾輩の不遜な提案に、バルカスは眉根を寄せた。
だが、吾輩はそれ以上に優先すべき物理的な
不具合(空腹)を思い出し、指を立てた。
「ただし、偵察に向かうのは明日だ。吾輩たちは
今しがた砦に着いたばかりで、腹が減っている。
まずは相応の食事と、清潔な寝床を貸せ。
勇者のコンディション調整も、管理者の仕事だ」
「……。ふん。口だけは達者な連中だ。
よかろう、兵舎の奥に空き部屋がある。
食事は兵と同じ煮込み料理だが、文句は言うなよ」
バルカスの許可を得るなり、セレスが
「やったぁ、ご飯!」と新調した杖を振り回した。
ルナリエは事務的に、砦の兵糧の質を
バインダーにメモしながら、部屋へと歩き出す。
「……。待て。明日、偵察に向かうというのなら、
昼間より夜の方がまだ安全だぞ。
その目立つ装備を闇に隠し、気配を殺して進め。
太陽の下であの森に入るのは、自殺行為だ」
老将の重々しい忠告が背中に投げかけられる。
しかし、吾輩は立ち止まり、肩越しに不敵な笑みを
返してやった。
「安全だと? 笑わせるな司令官。
闇に紛れてコソコソ動くなど、神の美学に反する。
そもそも、このピカピカの装備を隠すなど
リソースの無駄遣いではないか。問題ない」
「……。正気か? あれは隠れて済むような
生易しい相手ではないと言っているのだぞ」
「案ずるな。目立って困るのは、
隠れる必要のある弱者だけだ。
吾輩たちは、正面から不具合を叩き潰しに行く」
吾輩は神である。
そして、今日からはこの世界のルールであり――
老将の戦術論を「仕様変更」の一言で切り捨て、
明日の大暴れに備えて、砦の質素な飯を
楽しみにする、豪胆な創造主である。




