第28話:神、金貨八百枚の輝きで老将を激怒させる
「断絶の砦」の巨大な石門を見上げ、吾輩たちは一歩を
踏み出した。そこは宿場町とは空気が違う。漂うのは
乾燥した土埃と、魔族と対峙し続ける兵士たちの、
言葉にできないほど重苦しい殺気だ。
「アスタロ様。僕のこの鎧、すごく目立ってませんか。
周りの兵士さんたち、みんなボロボロの革鎧と
鉄槍ですよ。なんだか申し訳ないというか」
カイルの言う通りだ。最前線の兵士たちは、連日の
小競り合いで装備を摩耗させている。そんな中、
白金の装飾が輝く鎧を纏い、蒼いミスリル剣を提げた
カイルは、どこから見ても場違いな存在にしか見えん。
「気にするなカイル。装備の差はリソースの差だ。
おい、門番。勇者様がお通りだ。
この砦で最も偉い者のところへ案内しろ」
吾輩が尊大に言い放つと、槍を構えていた門番が、
信じられないものを見るような目でカイルを凝視した。
「勇者だと。そのピカピカの格好でか。
いや、だがその剣は本物のミスリルだな。
おい、新入り。司令官殿に即刻報告だ。
王都からとんでもない援軍が来たとな」
門番の案内で砦の深部へと進む。兵舎から顔を出した
兵士たちが、カイルの装備を見ては溜息をつき、
セレスの持つ高い杖に目を剥いている。
「ねぇアスタロ、視線が痛いんだけど。
やっぱりもう少し目立たない色にすれば良かったかな。
あ、でもこの杖、やっぱり自慢したくなるよね」
「黙れセレス。貴様は後ろで大人しくしていろ。
ルナリエ。砦の内部の整合性はどうだ」
「アスタロ様。見たところ、兵士たちの士気は限界です。
どうやら、砦の向こうに陣取っている魔族の軍勢が、
かなり不自然な動きをしていますね」
石造りの無骨な執務室。そこには眼光鋭い老将、
バルカス司令官が、不機嫌そうに吾輩たちを待っていた。
「貴様らが王都から来たという勇者か。
……ふん。鏡のように磨かれたその鎧、
戦場を舞踏会か何かと勘違いしているのではないか」
バルカスが鼻で笑い、カイルのミスリル剣を指差す。
「いいか坊主。ここはな、どんな名剣を持っていようが、
死ぬ時は泥の中で死ぬ場所だ。その綺麗な鎧を
汚したくないのなら、今すぐ王都へ帰るがいい。
死にたがりの若造は、この砦には必要ないのだ」
「い、いえ、僕は……。アスタロ様に、
この装備で魔族を倒せって言われて……」
「アスタロだと。後ろに控えるその不届きそうな男か。
……ほう、貴様。勇者にこれほどの物を持たせて、
一体何を企んでいる。この砦の指揮権でも狙うか」
「そんな瑣末なものに興味はない。
吾輩はただ、この世界の不具合を消しに来ただけだ。
それより司令官。砦の向こうで何が起きている。
報告に上がっている『異常』を教えろ」
吾輩の不敵な問いに、バルカスは険しい表情で
窓の外、どんよりと曇った魔族領の方角を睨んだ。
「……。正体までは分からん。だが、あの森の奥に
陣を構えた魔族どもは、一歩も動こうとせん。
ただ、不気味な歌のような音が一日中響き、
偵察に向かった兵は、誰一人として戻ってこない」
吾輩は神である。
そして、今日からはこの世界のルールであり――
老将が抱く「得体の知れない恐怖」を興味深く観察し、
いよいよバグの現場へ乗り込む準備を整える創造主である。




