第2話:神、無一文の現実に震える
「……はっ! ルナリエ、大変だ。
重大なバグを見つけてしまったぞ」
集落へ向かう道すがら、
吾輩は深刻な顔で足を止めた。
「なんです、藪から棒に。
また設定ミスでも見つけましたか?」
「腹が減った。猛烈に、だ。
神界ではコーヒーと供物だけで
数百年余裕だったのに……
下界に降りた途端、この胃袋とやらは
『何か入れろ』と暴動を起こしている」
「バグではなく仕様です。
食事にはお金がかかりますよ、アスタロ様。
……まさか、持っていないのですか?」
「持っているわけなかろう!
吾輩は神だぞ? 経済の概念を超越した
存在に向かって、なんて失礼な……!」
ルナリエは「はぁ」と、
本日何度目か分からない溜め息をついた。
「全知全能を掲げて降臨した神が、
初日の昼飯代で詰むとは。
……で、どうするおつもりで?」
「ふっ、案ずるな。吾輩は神だ。
金など、指先一つで――」
吾輩が黄金の輝きを指先に宿し、
無から金貨を錬成しようとした、その時。
パシィィィンッ!!
「痛っ!? 今、叩いた!?
ルナリエ、今、吾輩の手を叩いたな!?」
「当たり前です。通貨偽造は重罪ですよ。
神が偽金を流通させて
どうするんですか。インフレで
この国の経済を滅ぼす気ですか?」
「いや、ちょっとぐらいなら……」
「ダメです。汗水垂らして働く勇者の
隣で、神がチート金貨で豪遊など、
教育上よろしくありません。
不労所得は神界だけにしてください」
……厳しい。この秘書、厳しすぎる。
「じゃあ、どうすればいいんだ!
このままでは吾輩は、
飢え死にした最初の神として
歴史に名を刻むことになるぞ!」
「そもそも、人間が神に『供物』を捧げるのは
当然の義務ではないか。
まずは村へ行き、神としての威厳を見せ……」
「――という考えが、
一番ダメだと申し上げているんです」
ルナリエの冷徹な声が響く。
「下界の人間からすれば、あなたはただの、
少し身なりのいい旅人でしかありません。
正体も明かさず『供物を寄越せ』など、
それは神の再来ではなく、
ただの図々しいカツアゲ犯です」
「カツアゲ……っ!
吾輩は全知全能なのに、
カツアゲ犯扱いなのか……!?」
がっくりと膝をつく吾輩。
腹の虫は「グゥ〜」と情けない
音を立てて抗議を続けている。
神、無力。
金のない神は、ただの腹ペコな男。
途方に暮れて街道の端で
うずくまっていると――。
「おや、旅の人。
こんなところでどうしたのかね?」
顔を上げると、そこには
柔和な笑みを浮かべたおじいさんが
立っていた。
「……腹が減って、一歩も動けぬ」
「はっはっは、それは難儀なことだ。
うちは貧しい家だが、
温かいスープくらいなら出せるよ。
よかったら、今夜はうちに泊まっていくかい?」
「おお、なんと慈悲深い!
貴殿、名前は!? 後で天界の
幸運名簿に特大の丸をつけてやろう!」
「アスタロ様。
……すみません、連れが少し
空腹で混乱しておりまして。
お言葉に甘えてもよろしいでしょうか」
聞けば、このおじいさんは
これから向かう村の『村長』なのだという。
こうして、吾輩は奇跡的に
野宿の危機を回避した。
吾輩は神である。
そして、今日からはこの世界のルールであり――
村長のスープの匂いに魂を売る、
ただの居候である。




