第22話:神、金貨三枚で「文明の味」を享受する
巨大な猪を仕留めてから数時間。セレスが教えた、獣道の
ショートカットを泥まみれで突き進んだ吾輩たちは、日が
落ちきる直前、宿場町へと滑り込むことに成功した。
カイルは自分の足で歩いているのか魂だけで浮いているのか
分からぬほど、限界を超えたボロボロの状態だった。
「着いたぞ、ギルドだ! さあカイル、牙を差し出せ!
我らの正当なる権利(金貨三枚)を毟り取ってこい!
朝からの激闘と強行軍に耐えた、労働の対価を受け取るのだ!」
吾輩は泥まみれのカイルの背中を叩き、窓口へと送り出した。
受付の男は、ドサリと置かれた巨大な牙を二度見し、
値踏みするように手慣れた手つきで査定表を叩いた。
「……。ギガントボアの完品か。
おう、掲示板の通り金貨三枚、確かに支払うぜ。
いい獲物を持ってくるじゃねえか、坊主。ほらよ」
「……。ほ、本当に金貨三枚も!?
王都のホーンラビットはあんなに安かったのに……!
やっぱり強い魔物を倒せば、ちゃんとお金になるんだ!」
カイルが感激に震えながら、輝く金貨を三枚受け取った。
――チャリンッ、チャリンッ!!
その音は、吾輩にとって神界の鐘の音よりも美しく響いた。
カイルが金貨を握りしめ、「アスタロ様……お肉が……」と、
人目も憚らずボロボロと涙を流している。
「よし! ルナリエ、セレス! 今夜は宴だ!
この町で一番美味い肉とスープをありったけ注文しろ!」
「わーい! アスタロ、大好き!
おじさん、こっちにキンキンに冷えたエール追加ね!」
セレスは運ばれてきたジョッキを豪快に煽り、
ぷはぁーっと下品な吐息を漏らしながら肉にかぶりついた。
カイルも一心不乱に肉を口へと運び続けている。
「う、美味い……。生きててよかったです、アスタロ様……!」
吾輩は優雅に肉を咀嚼した。
今日の空腹が、最高のスパイスとなって舌を揺らす。
だが、食後の茶を啜りながら、吾輩はふと思った。
「……。それにしても、やはり歩きは時間がかかるな。
セレスの案内で無理をしても、これだけ疲弊する。
よし、ルナリエ。吾輩が今ここで世界の理を少しいじり、
この宿屋の扉を砦の正門へと直結させてやろう。
移動時間など、神の権能の前では無意味だ!」
指先を鳴らそうとした瞬間、ルナリエのバインダーが、
吾輩の頭頂部を正確に叩いた。
「却下です。……アスタロ様、
王都へ向かう際に勝手なショートカットをして、
世界の整合性を狂わせたのをもうお忘れですか?」
ルナリエの冷徹な一喝に、吾輩は渋々指を下ろした。
彼女はため息をつくと、事務用バインダーをめくった。
「徒歩ではここから砦まで、さらに六日はかかります。
ですが、幸いこの街からは、さらに北にある
『最前線の街』まで、定期的な乗合馬車が出ています。
変な小細工はやめて、おとなしく馬車を使いなさい」
「賛成! やっぱり馬車だよね!
もう一歩も歩きたくないし、揺られてる間に
お昼寝できるなんて最高じゃん! さすがルナリエ!」
「黙れセレス! 貴様は少しはシャキッと歩け!
……。ええい、仕方ない。ルナリエ、馬車を手配しろ!」
吾輩は神である。
そして、今日からはこの世界のルールであり――
神の権能よりも「乗合馬車」を優先する秘書に従い、
大喜びの貧乏神を横目に、
明日の乗車券を買いに走る創造主である。




