抵抗の声
中村の旅は、日本の近代化を支えた二つの巨大な権力構造の中心へと向かった。一つは国家主導の産業インフラ、もう一つは国家のエネルギー政策。彼は、その両方に異を唱え、社会から弾き出された二人の男性の物語を追った。
まず中村は、国鉄民営化に社会党員として最後まで抵抗した活動家、佐々木に会った。佐々木は、民営化を労働者の権利と誇りを踏みにじる国家的な裏切りと捉え、激しい反対運動の先頭に立った。その結果、彼は新会社への移行から排除され、職を失い、家族との関係も悪化した。彼の語りは、政治的敗北の物語であると同時に、信念を貫いた者の孤独な誇りに満てていた。
次に中村は、若狭湾沿いの原子力発電所が林立する福井県へと向かった。そこで出会った田中は、かつて反原発運動の熱心な活動家だった。福島第一原発事故の後、彼は地域の危険性を訴え続けたが、その声は経済的な恩恵を優先する地域社会の厚い壁に阻まれた 。彼は「町の敵」というレッテルを貼られ、友人や親戚から疎まれ、仕事も失い、ついには精神を病んでしまった。彼の姿は、社会的な正義を追求した結果、社会そのものによって破壊された人間の痛々しい残骸だった。
中村は、この二つの全く異なる場所で起きた物語を、頭の中で交差させた。国鉄職員の佐々木と、元農家の田中。彼らの人生には、驚くほどの共通点があった。それは、日本の社会が「和」や「総意」を乱す者を、いかに冷酷に排除し、社会的に抹殺するかという現実だった。
彼らは敗者かもしれない。しかし、彼らの記憶は、公式の歴史が語らないもう一つの日本の姿を記録した「カウンター・メモリー(対抗記憶)」だった。中村の視点は、社会学者のそれから、異端とされた者たちの声を拾い集める抵抗の歴史家のそれに、静かに移り変わっていた。彼は、彼らの苦しみに満ちた証言の中に、社会の同調圧力に屈しなかった人間の、気高い勇気を見出していた。




