終わらない現在
記憶は過去だけのものではない。中村は、歴史的な力が今この瞬間も、新たな悲劇と記憶を生み出し続けている現場に立ち会うことになる。彼は、対照的な二人の小規模事業主の物語を記録した。
一人目は、佐藤。彼はバブル経済の熱狂の中で町工場を急拡大させたが、崩壊の波に飲まれて全てを失った。家族も離散し、絶望の淵に立たされた彼は、公園の清掃ボランティアというささやかな活動から人生を再建し、今では地域社会に尽くすことに静かな喜びを見出していた。彼の物語は、一度は成功という「嘘」を信じて破滅する「ネガティブ・アーク」を経験した後、新たな価値観を見出すことで再生を遂げる「ポジティブ・アーク」を描いていた 。
二人目は、斉藤。彼は、先祖代々続いた酒屋を営んでいたが、大型スーパーやネット通販の波に押され、生き残るためにコンビニエンスストアへの転換を決意した。しかし、それは新たな地獄の始まりだった。24時間営業の過酷な労働、本部の搾取的なフランチャイズ契約、近隣へのドミナント出店。彼のささやかな店は、巨大な資本の論理によって容赦なくすり潰されていく。彼の物語は、現在進行形の悲劇であり、救いのない「ネガティブ・アーク」そのものだった。
中村は、この二人の人生を並べて見つめた。佐藤の物語は、バブル経済という過去の狂乱の清算だった。一方、斉藤の物語は、「失われた数十年」が生み出した、人間を消耗品として扱う現代の経済システムの犠牲者の物語だった 。
過去の記憶を掘り起こすはずだった中村の研究は、今まさに生まれつつある痛ましい記憶の記録へと変貌していた。彼の仕事は、歴史の検死解剖ではなく、進行中の病の診断なのだ。日本社会は、形を変えながらも、同じように個人を犠牲にし続けている。その「終わらない現在」の冷酷な現実に、中村は立ち尽くすしかなかった。




