第9話 鍵穴からの潜入を物理で阻止する
カレンの座り込み攻撃は二日目に突入した。
玄関前を完全に陣取られては買い出しにも行けない。オルソンが薄暗い部屋の中で干し肉の残量を数えて溜息をついていると、ドアの鍵穴からカチカチと金属が触れ合う怪しい音が聞こえ始めた。
「……おい、何をしている」
「失礼します、オルソン様。緊急事態につき、ピッキングによる強制解錠を実施します。かつてあなたから叩き込まれた特殊潜入技術が、まさかこんな形で役立つとは思いませんでした」
真面目な顔で堂々と犯罪行為に手を染めようとする元部下に、オルソンは嫌な冷や汗を流した。あの技術は魔王城の強固な宝物庫を開けるために教えたものであって、元上司のアパートの部屋を強襲するためのものではない。教え子が優秀に育ちすぎた弊害が、こんなピンポイントで自分を追い詰めるとは思わなかった。
カギ足がシリンダーの奥で精密に噛み合う微小な感触がドアを通じて伝わってくる。解錠まであと数秒。
「くそっ、本当にやりやがった……!」
オルソンは素早く動いた。台所にあった銀製のフォークを鍵を回す平たいつまみとチェーンロックの留め金の間に挟み、シリンダーが上がらないように固定する。その間に体内の魔法力を極限まで集約させ、微力な熱でシリンダー内部の金属をわずかに膨張させ、回転を完全にロックした。
「なっ……シリンダーが固着した!? どんな高等防犯技術ですか……!」
外からカレンの動揺した声が響く。
「言ったはずだ、俺はただの無職だと。鍵の立て付けが悪い古い部屋なんだよ。防犯上の観点から、ドアの破壊は固くお断りする。器物破損で警備隊を呼ぶぞ」
外で悔しそうに歯噛みし、甲冑を鳴らすカレンの気配を感じながら、オルソンは胸を撫で下ろした。
「……ですが、私にも考えがあります。あなたがドアを開けないのであれば、ベランダ側の引き違い窓から突入するまでです。壁面登攀など、我が聖騎士団の訓練に比べれば朝飯前!」
ガサガサと甲冑を揺らしながらアパートの外へと移動していく足音が聞こえてくる。
「おい待て! ここ二階だぞ!? 近所迷惑という概念をどこへ捨ててきた!」
オルソンは思わずドア越しに叫んだ。しかし返事はなく、庭の茂みを足重に踏みつける音だけが虚しく響く。これでは大型店の配送物も受け取れないし、ゴミ出しすら行けない。休まる暇のない籠城戦の次なる舞台はベランダへと移ろうとしていた。本気で事態を打破するための対策を打たなければ、元最強の英雄の平穏は今日ここで潰える。
「くそ、カレンが登り切る前に雨戸を閉めるしかない!」
「オルソン様観念してください」
声とともにベランダの縁にカレンの手がかかったところで雨戸を閉めることに成功した。雨戸を閉められたことにカレンの舌打ちが聞こえ、すごすごと階下へ降りていく気配を感じとりオルソンはようやく安堵するのだった。




