第7話 居留守目的の、気配を完全に消す技術の誤用
カレンの突然の襲来から数日。オルソンの警戒レベルは最大値に達していた。
いつ強硬手段でドアを破られてもおかしくない。そこで彼は、かつて魔王城に潜入した際に独自開発した極限の隠密技術「存在の希薄化」を、自室の中で常時発動することにした。
効果は劇的であった。
ドアの外の廊下をカレンが捜索で通りかかっても、彼女はオルソンの部屋の前で首を傾げるだけだった。
――おかしいわね……確かにこのアパートから気配がしていたはずなのに、この201号室からはもう何も感じられない……空き部屋にでもなったかしら。
作戦は大成功だった。オルソンは勝利の笑みを浮かべ、あたたかい布団の中で心ゆくまで熟睡した。
しかし、予期せぬ大問題が発生した。
気配を極限まで消しすぎた結果、物理的な現象や周囲の人間までがオルソンを完全に無視し始めたのだ。
――あれ……大家さんが持ってきてくれた差し入れが、俺の部屋の前にだけ置かれていない。
さらに、隣の202号室の男がベランダで怪しい実験器具を乾かす際、オルソンの部屋のベランダを「誰もいない空きスペース」と誤認して、平然とゴミを投げ込もうとしてきたのだ。
「おい、待て! そこは俺のベランダだ!」
必死に声を張り上げてアピールし、ようやく隣人は驚いた様子で手を止めた。
――気配を消しすぎるのも考えものだな……。
安眠を守るための最高峰の技術が、かえって日常の快適さを著しく損なっている。
元SSS級冒険者は、居心地の良い引きこもり生活を維持することの圧倒的な難しさを痛感しながら、今日も四畳半の布団の中で重いため息をつくのだった。
その後も「存在の希薄化」を維持していると、被害は日を追うごとに拡大していった。
先日、大型店が提供している配達サービス(大量購入者に限る)を利用したしたが、またしても存在しない部屋扱いとして配送業者に持ち帰られ、支払い済みの代金は配達料金を差し引いた金額が封筒に包まれ郵便ポスト投函されてあった。
――このままではいけない……。
魔王戦にすら匹敵する致命的な危機感がオルソンを襲う。
さらに最悪なことに、カレンの追撃を恐れて術の出力を少しでも下げようものなら、途端に鋭い殺気がアパートの周りを旋回し始めるのだった。
カレンの目を完全に眩ます絶妙な出力の調整と、大家や宅配業者にだけは人として認識してもらう境界線の模索。その過酷すぎる微調整作業は、世界を救う旅よりも遥かに緻密で神経をすり減らす作業であった。
生存の露見か、あるいは平穏に引きこもれるか。
究極の隠密術を小さなアパートの日常に馴染ませるため、今日も汗だくになりながら魔力の出力をミリ単位で調整し続けている。




