第6話 ドアスコープ越しに見えた馴染みの騎士甲冑
それは、平和そのものの爽やかな朝だった。
オルソンは香ばしく焼いたパンにバターを塗り、温かい紅茶を啜っている。外は快晴。二度寝をするには最高の気候だ。
トントン。
軽やかなノックの音が廊下に響いた。注文していた宅配便の再配達だろうか。
オルソンは念のため、息を殺してドアスコープから外を覗き込んだ。
「……!?」
一瞬で心臓が口から飛び出そうになった。
そこに立っていたのは、見慣れた銀色の重甲冑を身に纏い、凛とした表情でドアを見つめる美しい髪の女性。
元部下であり、現・聖騎士団長のカレンであった。
――なぜここが分かった!? 完璧に足取りを消して逃げ切ったはずだぞ!
オルソンは冷や汗を全身から流しながら、完全に息を殺した。ドアスコープから覗いている視線すら悟られないよう、極限状態の完全隠密を展開する。
ドアの外からカレンの毅然とした声が響いた。
「すみません、このお部屋にノスロ様という方はおられませんか? いえ、ノスロ様という名前でなくとも、背が高く無精髭を生やした、どこかだらしない雰囲気の男性です」
偽名も含め、聞き捨てならない散々な特徴を並べ立てられ、オルソンは顔を引きつらせる。
「返事がない……留守でしょうか。ですが、この部屋からはかすかに……オルソン様特有の『怠惰な空気』が感じられるのですが……」
カレンの直感が鋭すぎる。オルソンはドアの前で地蔵のように硬直した。
「また来ます。私は絶対に諦めませんから」
遠ざかっていく重い鎧の足音を聞きながら、オルソンはその場に崩れ落ちた。
――俺の城が……俺の平穏な城がピンチだ……。
足音が完全に消え去ったことを確認し、オルソンは這うようにしてリビングへと戻った。冷めきった紅茶を一気に喉へ流し込むが、乾いた喉とうろたえる心は一向に潤わない。
――逃亡時に残した偽の死体も、潜伏先の手配も完璧だった。いくら優秀な元部下とはいえ、一端の騎士団長が個人の捜索に割ける時間など限られているはずだ。なのに、なぜ……
だが、あのまっすぐすぎる眼光と思い詰めたような声は本物だった。連れ戻されて再び書類の山と儀礼の毎日に放り込まれる未来が、鮮明に脳裏をよぎる。
窓の外では雲ひとつない青空が広がり、絶好の二度寝日和が続いている。しかし、もはやオルソンの心に平穏は残っていなかった。
「明日からは変装して買い出しに出るか……いや、いっそ今夜のうちに別の街へ引越しを……」
頭を抱えて頭脳をフル回転させる元英雄の耳に、遠くの街角から小さく響く甲冑の音が届いた気がして、オルソンは思わず肩を跳ね上がらせた。




