第30話 崩れる平穏と迅速なる再始動
薄い布団を引き上げ、枕の硬さを確かめながらゆっくりと目を閉じる。至福の静寂がオルソンを包み込もうとした、まさにその時だった。
――ズズズズズズズズ……ッ!
腹に響く不穏な振動が地底から突き上げてきた。一瞬の静寂の後、世界全体が叩きつけられたかのような猛烈な地響きが王都を襲う。
ガタガタと四畳半の小さな部屋が鳴りを上げ、ちゃぶ台の上の茶碗が激しく跳ねた。窓の外からは、メキメキと音を立てて古い城壁が削れ落ちる凄まじい破壊音が響き渡る。街のあちこちで悲鳴が上がり、建物が崩壊する響きと煙、そして所々から激しい火の手が上がり始めた。
震源地は、先ほどの手紙に記載されていた「新たに発見された未知の迷宮」が存在する東の方角。
「……チッ、よりによって今かよ」
オルソンは盛大なため息を吐くと、二度寝の未練を一切断ち切り、跳ね起きるように立ち上がった。手慣れた動作で使い込まれた防具を身にまとい、壁に立てかけてあった愛用の盾と剣を掴む。
アパートを飛び出し、街の外へと向かって一気に駆け出す。王都の門を抜けると、崩れ落ちた城壁の向こう、森の奥から無数の紅い眼光が押し寄せてくるのが見えた。土煙を巻き上げ、咆哮を上げながら迫り来る魔物の大群――スタンピードだ。
「おいおい、大層なお出ましじゃないか」
オルソンの横に、すっと人の気配が滑り込んできた。流麗な容姿をした人間の男の姿へと偽装した、元魔王軍幹部ヴァルバトスだ。
「ヴァルバトス……お前、何しに来た」
「私の静かな暮らしと、美味い酒のつまみを脅かす不愉快な雑兵どもを片付けに来ただけだ。オルソン、お前に手柄を独占させる気はないぞ」
一方その頃、王都の防衛線ではカレンが縦横無尽に指示を飛ばしていた。
「救援班は第一から第四地区へ分散! 被害状況の確認と簡易治療施設の設営を優先してください! 見張り番、魔物の規模は!?」
「東の森より魔物の大群が接近中! 凄まじい数です!」
「騎士団全隊、即座に配置につけ! 城壁の崩落地点を中心に防衛陣形を構築! 一匹たりとも街の中へ通すな!」
カレンの迅速な陣頭指揮により、混乱に陥りかけた騎士団と街は瞬く間に防衛体制へと移行していく。
そして、押し寄せる魔物の大群を正面から迎え撃つ位置には、たった二人の男が立っていた。




