第29話 ギルドからの復帰要請届を破り捨てる音
闇の組織壊滅の噂は、瞬く間に冒険者ギルドの上層部へと伝わっていた。現場にいたカレンがどれだけオルソンの存在を隠そうと努力しても、「王都の片隅に潜む謎の男が闇の組織を一瞬で壊滅させた」という事実は隠しきれるものではなかったのだ。
翌朝、オルソンの小さなポストには、見覚えのある分厚い封筒が投函されていた。
差出人の欄には『冒険者ギルド統括本部』と刻まれている。
中身を取り出すと、金箔押しが施された極上の上質紙に、仰々しい文字が並んでいた。
『元SSS級冒険者オルソン殿。貴殿の生存および変わらぬ健在を確認した。つきましては、特例をもって最高ランク冒険者への即時現場復帰を命じる。新たに発見された未知の迷宮調査、および後進の育成にあたる指導監督官として――』
「こんなもの破り捨てる」
ビリッ、ビリビリビリッ!
オルソンは仰々しい文章を最後まで読むことすらなく、一切の迷いがない手つきで要請届を粉々に破り捨てた。無残な紙屑となった手紙を、そのまま部屋のゴミ箱へ放り込む。
「復帰? 冗談じゃない。俺はもう正式に退職届を出したんだ。上が受理しようがしまいが関係ない。俺の人生の雇用主は、他でもない俺自身だ」
かつて求めた地位も、名誉も、約束される莫大な報酬も、今のオルソンには何の魅力も感じられなかった。それらと引き換えに失うことになる自由と快適な睡眠時間を思えば、価値などゼロに等しい。
「もし追っ手が来たら、また隠密スキルをフル活用して逃げるだけだ」
魔王を倒し、英雄と崇められた男のスキルは、いまや追っかけや面倒な仕事から逃走するためだけに極められつつあった。命を削って最前線に立っていた日々よりも、使い古された薄い布団の温もりの方が、今のオルソンにとっては遥かに愛おしい。
カーテンをしっかりと閉め切り、部屋の明かりを落とす。枕元に置いた干し肉の袋の位置を確認すると、彼は満足そうに小さく息を吐いた。魔王討伐後の世界がどうなろうと、ギルドの偉い奴らがどれだけ頭を抱えようと、今の自分には知ったことではない。
「後進の育成計画、迷宮調査の手順、街の防衛基礎、各ギルドとの連携……魔王討伐後もやるべきことはやったんだ……いいからもう寝よう」
元英雄は気楽に鼻歌を歌いながらゴミ箱のフタを閉め、至福の二度寝に入るための準備を始めるのだった。




