第3話 大家のおばちゃんと、元SSS級の超絶家事ノウハウ
「ちょっと、ノスロさん! 居るんでしょう!」
けたたましいドアノックの音と聞き慣れない名前を呼ぶ怒鳴り声で、オルソンは自分の偽名だと思いだし跳び起きた。魔導時計を見るとすでに昼過ぎだ。恐る恐る鍵を開けてドアを数センチだけ開けると、そこには腕組みをして仁王立ちする大家のマーサおばさんがいた。
「なんだい、また昼まで惰眠を貪っていたのかい? ちゃんと部屋の掃除や手入れはしてるんだろうね?」
「あ、はい……一応、綺麗には保ってます」
マーサおばさんは返事を無視してズカズカと部屋に入り込み、鋭い目つきで室内を見回した。そして、一瞬で驚きに目を見張る。
部屋は四畳半と狭いものの、埃一つ落ちておらず、木目の床はピカピカに磨き上げられ、布団は寸分の狂いもなく几帳面に畳まれていたのだ。
「あら……意外と清潔にしてるじゃないの」
「まあ、これでも野外でのサバイバル生活は人より長かったので……」
オルソンが長年の過酷なダンジョン潜入で培った家事ノウハウは、常人の域を超えた超絶的なものであった。
微小な熱を発する生活用魔導具の特性を利用した一瞬の洗濯物乾燥技術、刃物の切れ味を研ぎ澄ます技術を応用した包丁の精密手入れ、そして風魔法の微振動を室内に及ぼす完璧なホコリ除去。どれもかつて世界の頂点に立ったSSS級冒険者としての技術の、極めて贅沢な無駄遣いである。
「感心したわ。最近の冒険者崩れは部屋をゴミ屋敷にする奴が多くてねぇ。あんた、見た目はだらしないけど根は感心な男じゃないかい」
「はは……どうも」
「これ、夕飯の煮物の余りだけど食べな」
そう言ってマーサおばさんは、ずっしりと重い重箱を置いていってくれた。
――ラッキーだな。今日の夕飯はごちそうだ。
大家からの揺るぎない信頼を獲得したオルソンは、煮物を温め直し、また一歩引きこもりとしての生活レベルを上げたのだった。
さらに彼は、かつて伝説の魔物と死闘を繰り広げた集中力を遺憾なく発揮し、重箱の蓋を恭しく開けた。溢れ出す芳醇な醤油と出汁の香りに鼻腔をくすぐられながら、丁寧に温めた煮込み料理を口へと運ぶ。味がしっかりと染み込んだ根菜の旨味が口いっぱいに広がり、思わず吐息が漏れた。
過酷な戦場や英雄としての忙殺された日々では味わえなかった温かい家庭の味に胸を打たれつつ、彼は静かな平穏を噛み締める。こうして元英雄の怠惰で完璧な隠遁生活は、また少しだけ豊かさを増していくのだった。




