第2話 四畳半の城と、買い出しという名の決死行
自堕落な引きこもり生活を開始して三日。オルソンに最初の深刻な試練が訪れた。
食料の在庫が完全に尽きたのだ。
水はあるが、酒と干し肉が一切ない。これは生命の維持に関わる重大な危機だ。
四畳半の部屋を見渡す。敷きっぱなしの万年床、使い込まれた小さなちゃぶ台、古びた魔導ラジオ。こここそが今の自分にとって絶対不可侵の城だ。この聖域から出るのは死ぬほど嫌だが、部屋の中で惨めに飢え死にするわけにはいかない。
オルソンは意を決して布団から立ち上がった。厳重な変装の準備である。
ボサボサに伸びた髪を隠すように深めのフードを被り、顔の印象を変える伊達眼鏡を装着。さらに気配を完全に断ち切る極限の隠密技術を発動させる。どれほど気配感知スキルの高い熟練の暗殺者であろうとも、今のオルソンを正しく認識するのは不可能なはずだ。
重い鍵を回し、息を殺してドアを開ける。廊下に差し込む外の光が異常に眩しい。
――行くぞ……買い出しという名の決死行へ。
アパートの軋む階段を静かに下り、日陰の路地裏を慎重に抜けて近所の賑やかな市場へ向かう。街全体にはまだ英雄の死を悼む重苦しい雰囲気が漂っており、露店で行商を営む人々もどこか気落ちした様子で口数が少ない。
「おじさん、この干し肉とパン、そこの安酒を三本くれ」
声のトーンを限界まで落とし、かすれた声で素早く注文する。店主は深いため息をつきながら、手際よく商品を紙袋に詰めた。
「はいよ……はぁ、オルソン様がまだ生きていらっしゃったら、こんな暗い世の中ももっと明るかったろうになぁ……」
「……そうですね。」
身バレの致命的な危険を感じたオルソンは、お釣りを受け取ると同時に素早く後ずさりして身を引いた。
帰り道、薄暗い路地裏で柄の悪い男たちが絡もうと近寄ってきたが、オルソンは歩幅一つ、息遣い一つ変えずにそのまま横を通り抜けた。男たちはオルソンの存在にすら気づかず、ぽかんと首を傾げている。
「今確か、みすぼらしいおっさんが来たよな?」
「あ…あ…、嘘だろ……。消えた、のか……」
――ふう、なんとか我が城に無事帰還したぞ。
部屋に入り、二重に鍵をかけてしっかりと施錠する。買ってきた酒の栓を勢いよく抜き、喉を鳴らして一気に飲んだ。外に出るのは身ばれの危険が伴うが、この死線を潜り抜けた後の極上の一杯も決して悪くはない。




