第1話 自分の国葬のニュースを聴きながら食べる干し肉は美味い
小さなアパートの一室に、魔導ラジオの重々しい声が響いている。
『本日、人類の偉大なる英雄、オルソン様の国葬が王都の大聖堂にて執り行われます。魔王を倒し、我らに永遠の平和をもたらした彼の偉大な功績は――』
薄暗い室内、湿った布団に潜り込んだ男は、大きな欠伸を噛み殺しながら手にした固い干し肉を力任せに噛みちぎった。ジュワリと染み出す塩気が口いっぱいに広がり、それを市場の露店で安く買い叩いた粗悪な酒で豪快に流し込む。
「くぅ〜〜〜! 最高だ。この至福の一口を味わうために、十代から二十年以上も青春をドブに投げ捨てて戦い続けてきた甲斐があったというものだ……」
この薄ら寂しい強がりとしか聞こえない言葉を吐いている男の名はオルソン。三十八歳。世間では本日、全土を挙げた盛大な葬儀が行われている渦中の人、元SSS級冒険者その人である。
迷宮最深部で敢行した自作自演の討ち死に劇は、まさに完璧と言うほかなかった。ボスの強烈な一撃を敢えて真正面から利用し、あらかじめ仕込んでおいた身代わりの精巧な人形を粉砕。自らの愛用していた装備の破片を広範囲に散らばせると、本人は長年鍛え上げた隠密スキルを限界まで全開にして脱出を果たした。そして、過酷な冒険の数々で溜め込んだ莫大な金貨を抱え、王都の片隅に佇む築50年の古アパートの一室をひそかに借りたのだ。大家に面通しすることを想定して、あらかじめ伸ばしていた髭のおかげかオルソン本人だとは気づかれなかった。
「英雄、英雄と持ち上げるだけ持ち上げておいて、寄ってくるのは利権に群がる貴族や面倒な厄介事ばかり。あんな擦り減るような生活、二度と御免だね」
十代で剣を取ってから、休む間もなく魔物と刃を交え続けてきた。魔王を倒しさえすれば平穏な休暇が手に入ると思っていたのに、待っていたのは若手冒険者の育成という名のケツ拭きと、王家や貴族たちの政治利用。同期の連中はさっさと前線を引退して街で小さな店を開いたり、温かい家庭を持ったりしているというのに、自分だけが最強の英雄という理由で都合の良い便利屋扱い。当然のように婚期も逃した。
――私にはもう、この四畳半と布団しかない。
オルソンは胸の中で呟き、満足げに薄笑いを浮かべる。もう誰の理不尽な期待も背負わず、早朝の目覚まし代わりの緊急招集に怯えることもない。外では国中が偉大な死を悲しみに暮れているようだが、当の本人はヨレヨレの部屋着姿で安酒を煽っている。
――さて、二度寝と決め込むか。
干し肉の袋を丁寧に結び、布団を頭まで深く被る。世界を救い尽くした男の本当の試練は、この狭い部屋で泥のように眠り続けることから始まるのだ。
「これからは疲れ切った自分を救う、この部屋が最後の砦となろう……」
そうつぶやくとオルソンは再び眠りに就いた。




