第27話 「俺の安眠を脅かす奴は、魔王だろうが叩き潰す」
騒動は無事に解決し、闇の組織『漆黒の爪』の構成員は一人残らず逮捕された。王都の治安は完璧に守られ、現場に駆けつけたカレンたち聖騎士団は大金星を挙げることとなった。
数日後の夜、件のアパートの二階。
「ふう……やっと元の静けさが戻ってきたな」
オルソンは買い出してきた格安の酒缶のプルタブを開け、ベランダ越しに隣のヴァルバトスへ向けて掲げた。
「まったく、不快極まりない連中だった。私の貴重な睡眠時間を返してほしいものだ」
ヴァルバトスも手にしたグラスを傾け、夜風に吐き捨てるように言った。
「本当にな。苦労して魔王を倒して世界が平和になったと思ったら、今度は路地裏の小悪党に安眠を脅かされるとは世も末だ」
「フッ、貴様がその気を出せば、あんな小規模な組織など一瞬で灰燼に帰していただろうに」
「めんどくさいだろ。俺はもうSSS級冒険者でも何でもないんだ。ただの引きこもりのおっさんなんだからな」
オルソンは酒をひとくち口に含み、静まり返った王都の夜空を見上げた。
「だけどな、これだけは譲れない。俺のこの狭い四畳半と、太陽の匂いがする布団と、静かな夜。これを脅かす奴がいるなら……相手が闇の組織だろうが、復活した魔王だろうが、全力で叩き潰す」
「ククク……恐ろしい男だ。かつて世界を救った動機より、己の安眠を守る動機の方が遥かに凶悪とはな」
元英雄と元魔王軍幹部は、互いに苦笑いを浮かべながら、再び静寂を取り戻した夜空へ静かにグラスを打ち鳴らした。
カチン、と心地よい金属音が二人の間に小さく響き渡る。
「そういえばオルソン、昼間に聖騎士団長が大きな荷物を抱えてウロウロしていたぞ。『オルソン様の胃袋を掴むための特製スープです』とか叫びながら追い返されていたようだが」
「……頼むからその記憶を思い出させるな。おかげで鍵を二重に増やさざるを得なくなった」
うんざりした表情で頭を抱えるオルソンを見て、ヴァルバトスは満足そうに口元を歪めた。かつて世界を揺るがした宿敵同士が、いまや安アパートの隣人としてくだらない愚痴をこぼし合っている。その滑稽で平穏な日常こそが、二人が血を流してまで手に入れたかったものなのかもしれなかった。
「まあ、明日も平和ならそれでいい。俺の睡眠を邪魔する奴さえ現れなければな」
安酒の缶を飲み干したオルソンは、軽く手を振って自室へと戻っていく。静けさを取り戻した夜風が、ふたりの静かな生活を優しく包み込んでいた。




