第24話 睡眠妨害に対する元SSS級の静かな怒り
午前二時。人間が最も深い眠りにつき、心身を休めるべき時間帯。
ブォォォン……ガガガガッ!
一階の部屋から唐突に響き渡る謎の機械音と、足元から微振動を起こす不快な揺れに、オルソンはガバッと跳ね起きた。
暗闇の中、枕元に置いた置き時計へ視線をやると、針は午前二時十五分を指している。明日も一日中ダラダラと過ごすために確保していた大切な睡眠時間が、理不尽かつ無慈悲に削られていく。この安眠こそが、日中の怠惰な生活を維持するための唯一にして最大の生命線なのだ。
「またか……これで三日連続だぞ……」
オルソンの両目に、魔王城の玉座へ乗り込んだ時以上の禍々しい凶兆が宿る。無精髭を生やした顔は般若のごとく強張り、部屋全体の空気が一瞬で氷点下まで冷え込んだかのような錯覚さえ覚えるほどの圧迫感を漂わせた。息を吸うだけでも肺が凍てつくような、殺気を含んだ重圧が室内に充満する。
過酷極まりない戦場を長年駆け抜けてきた彼にとって、質の良い睡眠を害されることは、あらゆる拷問の中で最も許しがたい暴行に等しい。砲弾の雨よりも、ドラゴンとの死闘よりも、この深夜の騒音の方が今の彼にとってはよほど耐え難い脅威であった。
「世界の脅威となる者がまた現れても、もう俺の知ったことではないが……俺の安眠を妨害する奴だけは絶対に許さん」
オルソンはヨレヨレの部屋着姿のまま、靴音一つ立てずに部屋をあとにした。ギシギシと鳴るはずの廊下の床板すら、彼の完璧な身のこなしの前には無音と化す。暗い廊下へ出ると、隣のベランダからヴァルバトスもぬっと顔を出していた。その顔もまた、血走った眼光と鬼気迫る怒りに満ちあふれている。漆黒の夜気に包まれたアパートの外廊下で、二人の殺気が奇妙なシンクロを見せた。
「オルソン……下の一味が撒き散らす雑音がうるさくて、我が魔導具の繊細な調整が狂った。このままでは今夜の実験がすべて水の泡だ。他の入居者のことを考えぬこの所業、黙って受け入れるわけにはいかぬ」
「同感だ、ヴァルバトス。……ちょっと『静かにしてください』って丁寧にお願いしに行くか」
元人類最高の英雄と元魔王軍幹部は、無言のまま深く頷き合った。二人が纏う圧倒的なまでのプレッシャーに、廊下の蛍光灯すら怯えたようにわずかに明滅する。アパートの静寂と至高の安眠を取り戻すための、深夜の突撃訪問が今、静かに幕を開けようとしていた。




