第23話 街を狙う闇の組織、よりにもよってこのアパートを拠点にする
王都の片隅にひっそりと存在するこの築50年の古アパートは、格安の家賃と住人同士の過度な無関心さから、隠れ家としてこれ以上ない条件を備えていた。それは気ままな引きこもり生活を享受するオルソンにとっても、そして裏社会の陰謀を推し進める者たちにとってもまったく同じだった。
「ここを我らの新たな潜伏拠点とする。王都崩壊計画の準備が完全に整うまで、各自気配を消して潜伏を継続せよ」
アパートの空き部屋だった一階奥の暗い部屋へ、黒いローブを深々と纏った集団が夜陰に紛れて荷物を運び込んでいた。彼らの正体は、裏社会で恐れられる闇の組織『漆黒の爪』。王国上層部の転覆を狙い、過激な決起の準備として強力な禁忌の魔導兵器を街へ持ち込もうとしていた潜伏部隊である。
「リーダー、このアパート……妙に静まり返っていますが本当に大丈夫でしょうか。警察や騎士団の目が届きやすい場所では」
「問題ない。事前に調査済みだ。住人は無精髭を生やした冴えない無職の男と、ベランダで怪しい機械を弄っている偏屈な男、それに耳の遠い老いぼれの爺くらいだ。大家は街なかに住んでて、こっちには家賃回収以外に月二回来るそうだが愛想よくしてりゃあ問題ねえよ。なんてたって表通りからも外れているし、潜伏先としては格好の穴場よ」
リーダーは不敵な笑みを浮かべ、密輸した木箱の釘をバールで引き抜いた。中から現れたのは、複雑な魔術回路が刻まれた禍々しい金属のパーツ群である。彼らは夜な夜な、気味の悪い呪文の詠唱や魔導兵器の組み立て作業を開始した。低く響く機械の振動が床板を伝い、焦げ臭い魔力の残り香が階段をゆっくりと上がって二階の廊下へと漂っていく。
その頃、201号室のオルソンは、煎餅をガリガリと噛みくだきながら、薄汚れた天井をぼんやりと見上げていた。
「なんだか下の部屋が妙に騒々しいな……。大家さんが新しい借り手でも入れたのか? 引越し作業にしては夜遅くまでやってるが」
そして隣の202号室では、暗闇の中でヴァルバトスが作業の手を止め、不快そうに眉間へ深いシワを寄せていた。
「チッ、下から妙な邪気が漂ってくるな。魔力の練り方が雑で素人同然だ。私の集中を削ぐとは不快極まりない」
己の平穏な日常を脅かす危険な存在がすぐ真下に潜り込んだとも知らず、オルソンは小さく溜息をつき、使い古した布団へ潜り込んだのだった。




