第13話 ベランダ越しに交わす、干し肉と高級ワインの物々交換
「ふん……私は魔王様が倒れた後、組織内の醜い権力闘争に嫌気がさして逃亡したのだ。今はここで身を隠し、静かに魔導具の修理請負をして日銭を稼いでいる」
ヴァルバトスは不機嫌そうに腕を組み、溜息まじりに自身の境遇を明かした。
「俺も似たようなもんだ。英雄扱いに疲れて戦死したふりをした。今は誰の期待も背負わずに、一日中寝て過ごしたいだけなんだよ」
二人の間に幾ばくかの沈黙が流れ、不思議と妙な連帯感が生まれた。かつて戦場で命を削り合って戦った間柄だからこそ、今の「戦線離脱」に至った精神的な疲弊と理由が、痛いほど理解できたのだ。世間が勝手に抱き押し付けてくる理想像も、組織の陰謀に振り回される鬱陶しさも、もうまっぴらごめんだった。
「おい、オルソン。貴様、酒はあるか? 私は魔界から持ち出した極上の高級ワインを持っているのだが、生憎つまみがなくてな」
「干し肉なら部屋に大量にあるぞ。硬いが噛めば噛むほど出汁が出て味が深まる」
仕切り版の下にある小さな隙間から、硬い干し肉の袋と、重厚な彫刻が施された熟成ワインの瓶が手際よく交換された。
オルソンは部屋からグラスを持ってきて、ベランダのコンクリートの床に直に腰を下ろした。ヴァルバトスも同じように壁に背を預け、膝を抱える。
「……美味いな、このワイン。深みがあって体に染み渡る」
「ふん、この干し肉も悪くない。噛み応えだけは一人前だ。酒の肴としては合格点をやろう」
互いにグラスを傾け、ベランダの支柱に小さくカチンと音を響かせる。隣り合う仕切り一枚を隔てただけの貧相なベランダだが、かつての血生臭い戦場や、殺伐とした宮殿の玉座よりも遙かに居心地が良かった。世界の命運や大義名分などという大層なものは、とっくに夜風の中に吹き飛ばしてしまっていた。
静かな夜風が吹き抜ける中、かつての元英雄と元魔王軍幹部は、ベランダ越しに静かな杯を交わした。お互いの正体と秘密を絶対に口外しないという固い暗黙の協定が、言葉もなく結ばれた瞬間だった。かつて世界を揺るがした宿敵同士の秘密基地は、この古いアパートの一角で静かに完成したのだった。




