第12話 壁の向こうの隣人は、訳ありの元魔王軍幹部だった
カレンが満足して帰った夜、オルソンは気分転換にベランダに出て夜風を浴びていた。月明かりが照らす中、隣の202号室のベランダからも、ギシギシと怪しい金属音と不穏な呟きが漏れ聞こえてくる。
「くそっ……人間どもの技術力も捨てたものではないな。この回路のバイパス処理がうまくいかん……これでは出力が頭打ちになってしまうぞ……」
薄い壁越しに聞こえる呟きに、オルソンは強い引っかかりを覚えた。その独特な魔力の波形、そして無駄に威圧的で重厚な言葉遣い。聞き覚えがありすぎる。
オルソンはベランダを隔てる薄い仕切り板越しに、軽い調子で声をかけた。
「おい、隣の。さっきからゴソゴソうるさいぞ。それと、回路のバイパスなら第三接点を直接繋がずに、属性石を噛ませた方が安定して増幅するぞ」
仕切りの向こうで、はっきりと息を飲んだ気配がした。
「なに……!? なぜその高度な技術を知っている! 貴様、ただの人間ではないな……!?」
仕切り板の横からぬっと顔を出したのは、鋭く伸びた二本の角と、立派な髭を蓄えた厳めしい男だった。
「お前……魔王軍四天王のヴァルバトスか?」
「ぬぐっ!? 貴様は……人類最強の剣士、オルソン……! なぜこのような辺境のボロアパートに……お前は先月、死んだのではなかったのか!?」
「お互い様だろ。魔王城の決戦で討ち取られたはずの幹部が、なんで築50年の古アパートで内職をしてるんだよ」
かつて世界の命運を賭けて激闘を繰り広げた宿敵同士が、四畳半のベランダ越しに気まずく見つめ合った。
「……ふん、我が魔王軍も敗北して解散となったのだ。戦死を偽装してこの地に潜伏し、内職の手内職代で細々と日銭を稼いで再起の時を伺っていたのだがな。まさか宿敵が隣人とは……」
ヴァルバトスは気まずそうに目を逸らし、手元で半田ごてを弄んだ。
「まあ、気にするな。俺ももう引退した無職だ。お前の潜伏先を騎士団にチクるつもりもないよ」
「……まことか? 助かる。ちなみに貴様、先ほど言っていた属性石の増幅技術について、もう少し詳しく教えてはくれんか? 明日までにこの基板を五十個仕上げねば家賃が払えんのだ」
「おいおい、四天王の威厳はどこへ行ったんだよ……」
オルソンは呆れつつも仕切り越しにアドバイスを送り始めた。英雄と魔王軍幹部が、ボロアパートのベランダで内職の作業効率化について語り合うというシュールな夜が、静かに更けていくのだった。




