第11話 胃袋を掴まれた元部下と、増えるカップ麺のゴミ
「お前、腹が減っているだろ? 空腹で思考がまともじゃなくなってきている」
「そ、そんなことはありません! 私ならオルソン様の良い嫁になれる自信があります」
「腹は正直なようだぞ」
ドアを閉める直前、オルソンはカレンの腹から微かに鳴った虫の知らせを聞き逃さなかった。どれだけ甲冑で固めていようと、生理現象までは隠せない。三日間の徹夜での座り込みで、彼女の体力も限界に近づいているはずだ。
「くっ……聖騎士たるもの、断食の修行など造作もありません……! この程度の空腹、気合で乗り切ってみせます!」
強がるカレンに、オルソンは呆れながら部屋の奥へ戻り、ポットからお湯を注いだばかりのインスタントカップ麺を持ってきた。ドアの隙間から、立ち上る湯気と濃密でジャンクなスープの香りが無機質な廊下へと漂い出る。
「やるよ。最近できた大型店で安売りしていたやつだ。倒れられたら後味が悪い」
「な、なんですかこの身体に悪そうな香辛料の匂いは……! 私はそのような不摂生な食べ物は……」
戸惑いながらも空腹に勝てず受け取ったカレンが、付属の葺製フォークで一口すすった瞬間、その大きな目が丸くなった。過酷な現場任務と、宮廷で出される味の薄い高級な伝統料理ばかり経験してきた彼女にとって、強烈な塩分と油分、そして旨味調味料に満ちた背徳的食べ物は、脳を揺さぶるほどの衝撃的な美味さだったらしい。
「おいしい……なにこれ、凄く美味しいです……! 身体の奥から力が湧いてくるような……!」
「食ったらさっさと帰って寝ろ」
しかしオルソンの思惑とは裏腹に、それからというもの、カレンは毎日同じ夕方の時間帯に現れるようになった。復帰の説得という名目を掲げつつ、オルソンから渡されるカップ麺やレトルトカレーをドアの前で実に嬉しそうに平らげている。
「オルソン様、本日は『濃厚ニンニク豚骨』というものをいただきました! これほどまでに理性を揺さぶる至高のスープが存在するとは……王室御用達のシェフを全員このアパートに修行へ出すべきです!」
「余計なことをするな。俺のところに来なくても店に行けば買って食べれるだろ! あと食レポはいらないから早く帰れ!」
玄関脇のごみ箱には、日に日にカップ麺(丈夫な木の皮を加工した容器に、お湯を注いで食べられる即席麺)の空き容器が積み上がっていった。オルソンは「追い返すつもりが、完全に野良猫を餌付けして住み着かせてしまっているのと同じだ」と、頭を抱えて深いため息をつくのだった。この調子では、王都に連れ戻される前に自室の食糧庫が壊滅する日の方が早そうである。




