↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
32/33

1-32. プライド

「お前、球離れが遅いんだよ」

「……わかってるよ」


ショーンは蚊の鳴くような声量でそう応えた。


「わかってねぇだろ!」


ダンソはもたれかかっていた壁を殴りつける。ドレッシングルーム中の視線が、ぼくたちに集まった。


「お前がもたもたしてるから、俺たちだってフータだって困ってんだよ! なんで何回言っても直らねぇんだ!」

「いや、ぼくはそんな……」


ぼくが前を向けていないのは、単にフィジカルで負けているだけで、ショーンは悪くない。そう伝えたかったが、上手く言葉が出てこなかった。怒鳴られている少年は、俯いたまま口を開かない。


「おい。その辺にしとけ」

「そうそう。今そんなこと言っても始まらないだろ。解決策を考えようぜ」


ウィーバーと剛さんが二人の間に割って入った。


(よかった……)


ぼくは安心して息をつく。このままだと、ダンソはショーンにつかみかかりそうな勢いだったからだ。


「? お前らどうかしたのか?」


扉が開き、トーマスとニコラス監督が入って来る。


「……いえ。なんでもありません」


一瞬の沈黙の後、ウィーバーが口を開いた。


「おいおい。まだまだ暗くなるような時間じゃないだろう。まだ相手のリードは1点だ。後半十分取り返せる」


トーマスは、リードされて前半を折り返したことでムードが悪くなっていると思ってくれたようだ。もちろんそれはそうなんだけど……。


「そ、そうそう。お前ら、後半は攻めまくるぞ!」


剛さんの檄に、何人かの選手が声を上げて応えた。それを見て、トーマスは満足げに頷く。


「それと、後半に向けて選手交代がある。ベン、アシュリー、行けるか?」

「「はい!」」


ふたりは、同時に返事をする。彼らはCBとサイドハーフのプレイヤーだ。


「それと――」


トーマスは、少し申し訳なそうに、ぼくたちの方を見た。


「ショーン、フータ。お疲れさま。すまないが、今日はここで交代だ」

「……はい」


交代……か。身体から、どっと力が抜けた。ショーンは俯いたまま黙り込んでいる。今日にかける意気込みが強かった分、相当ショックを受けているみたいだ。


 気持ちは分かる。前半、ぼくたちのサイドは、何もできなかった。どころか、チームの足を引っ張ってしまっていた。不完全燃焼感が、心を燻ぶる。


 ニコラス監督が口を開く。


「気持ちは分かりますが、切り替えてください。しっかりクールダウンをしてからベンチに戻ってくるように」


監督はぼくたちの返事を待たず、続けた。


「皆さんは各々後半に備えてください。やること自体は変わりません。交代出場の二人は指示を出しますから私のところへ」


 選手たちは一斉に動き始める。スパイクの紐を結び直し、ユニフォームを替え、後半の準備をし始めた。


 ぼくとショーンは、続々と後半のピッチに向かうチームメイトの背中を見ながら、黙り込んで座っていた。


 後半も出場するウィーバーや剛さんたちがピッチに出た後、最後までロッカールームに残ったのはジュリアーノだった。


「大丈夫さ。どうも、今日はボクの日になる予感がしているんだ。1点くらい取り返して来るよ」


ジュリアーノはそう言って、ショーンの肩を叩いた。そして、ぼくの耳元で囁く。強いムスクの香りが鼻の奥をくすぐった。


「もしボクが今日点を取ったら、ご褒美をくれるかい?」

「え、あ、はい?」


咄嗟に何を言われたのか分からず、ぼくは思わず聞き返す。


「OK. 約束だよ」


ジュリアーノは、ウインクをしてロッカールームを後にした。


―――――― 


 後半が始まってしばらくしても、ショーンは動こうとしなかった。両腕を膝について、ずっと地面を眺め続けている。


「ね、ねえ。そろそろクールダウンしてベンチに帰らないと、心配されちゃうよ?」


 ショーンは、小さな声で「ああ」と答えた。でも、やっぱりショーンは立ち上がろうとしない。ぼくは、ため息をついた。


「ショーン、さすがにそろそろ――」

「親が来てるんだ」


黙り込んでいたショーンは、おもむろにぼくの言葉を遮った。


「今日は、俺がスタメンで出られるかもしれないって、母さんと親父が」

「……」


彼の声は震えていた。


「悔しいんだ」


汗とも、涙ともつかない雫が、彼の両足の間に落ちる。それはすぐに乾いて、コンクリートの染みになった。


「母さんは、ずっとスタジアムに応援に来るのを楽しみにしてて、父さんは嫌がってた。俺がやらかしでもしたら、おかしくなっちまうかもって」


言葉を絞り出すように、ショーンは強く目を閉じた。


 きっと、恥じることなんて何もない。ショーンは、全力で戦っていた。両親も、ショーンのことを誇らしく思っているはずだ。


「戻れねえよ。あんなプレーをした後に、グラウンドになんて……」


でもそれはプライドの問題だ。慰めるのは簡単だけど、「そんなことないよ」なんてありきたりな言葉は、何の意味もない気がした。


「せめてもう少し、プレーできてたら……」


 そして、その気持ちは、ぼくもよく分かった。何ができたかはわからないけど、後半、もう少しは挽回のチャンスがあると思っていたし、きっと自分ならできると信じていた。


 スタジアムから、大きな歓声が聞こえた。スタジアムDJによる巨大な場内アナウンスが流れる。もうとっくに試合は始まっていて、誰かがゴールを決めたらしい。


「ショーン、戻ろう」


彼は、何も答えない。


「今なら、ぼくたちのことなんて誰も気にしないよ」


そう言って、ぼくは立ちあがる。


 その時ゴールを決めたのは、ジュリアーノだったらしい。雰囲気をがらりと変える、素晴らしいミドルシュートだったという。


 それを聞いて、ぼくは喜ぶことができなかった。チームがゴールを決めたというのに、ただ悔しかった。そしてそんな自分が、ひどく惨めに思えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。