1-32. プライド
「お前、球離れが遅いんだよ」
「……わかってるよ」
ショーンは蚊の鳴くような声量でそう応えた。
「わかってねぇだろ!」
ダンソはもたれかかっていた壁を殴りつける。ドレッシングルーム中の視線が、ぼくたちに集まった。
「お前がもたもたしてるから、俺たちだってフータだって困ってんだよ! なんで何回言っても直らねぇんだ!」
「いや、ぼくはそんな……」
ぼくが前を向けていないのは、単にフィジカルで負けているだけで、ショーンは悪くない。そう伝えたかったが、上手く言葉が出てこなかった。怒鳴られている少年は、俯いたまま口を開かない。
「おい。その辺にしとけ」
「そうそう。今そんなこと言っても始まらないだろ。解決策を考えようぜ」
ウィーバーと剛さんが二人の間に割って入った。
(よかった……)
ぼくは安心して息をつく。このままだと、ダンソはショーンにつかみかかりそうな勢いだったからだ。
「? お前らどうかしたのか?」
扉が開き、トーマスとニコラス監督が入って来る。
「……いえ。なんでもありません」
一瞬の沈黙の後、ウィーバーが口を開いた。
「おいおい。まだまだ暗くなるような時間じゃないだろう。まだ相手のリードは1点だ。後半十分取り返せる」
トーマスは、リードされて前半を折り返したことでムードが悪くなっていると思ってくれたようだ。もちろんそれはそうなんだけど……。
「そ、そうそう。お前ら、後半は攻めまくるぞ!」
剛さんの檄に、何人かの選手が声を上げて応えた。それを見て、トーマスは満足げに頷く。
「それと、後半に向けて選手交代がある。ベン、アシュリー、行けるか?」
「「はい!」」
ふたりは、同時に返事をする。彼らはCBとサイドハーフのプレイヤーだ。
「それと――」
トーマスは、少し申し訳なそうに、ぼくたちの方を見た。
「ショーン、フータ。お疲れさま。すまないが、今日はここで交代だ」
「……はい」
交代……か。身体から、どっと力が抜けた。ショーンは俯いたまま黙り込んでいる。今日にかける意気込みが強かった分、相当ショックを受けているみたいだ。
気持ちは分かる。前半、ぼくたちのサイドは、何もできなかった。どころか、チームの足を引っ張ってしまっていた。不完全燃焼感が、心を燻ぶる。
ニコラス監督が口を開く。
「気持ちは分かりますが、切り替えてください。しっかりクールダウンをしてからベンチに戻ってくるように」
監督はぼくたちの返事を待たず、続けた。
「皆さんは各々後半に備えてください。やること自体は変わりません。交代出場の二人は指示を出しますから私のところへ」
選手たちは一斉に動き始める。スパイクの紐を結び直し、ユニフォームを替え、後半の準備をし始めた。
ぼくとショーンは、続々と後半のピッチに向かうチームメイトの背中を見ながら、黙り込んで座っていた。
後半も出場するウィーバーや剛さんたちがピッチに出た後、最後までロッカールームに残ったのはジュリアーノだった。
「大丈夫さ。どうも、今日はボクの日になる予感がしているんだ。1点くらい取り返して来るよ」
ジュリアーノはそう言って、ショーンの肩を叩いた。そして、ぼくの耳元で囁く。強いムスクの香りが鼻の奥をくすぐった。
「もしボクが今日点を取ったら、ご褒美をくれるかい?」
「え、あ、はい?」
咄嗟に何を言われたのか分からず、ぼくは思わず聞き返す。
「OK. 約束だよ」
ジュリアーノは、ウインクをしてロッカールームを後にした。
――――――
後半が始まってしばらくしても、ショーンは動こうとしなかった。両腕を膝について、ずっと地面を眺め続けている。
「ね、ねえ。そろそろクールダウンしてベンチに帰らないと、心配されちゃうよ?」
ショーンは、小さな声で「ああ」と答えた。でも、やっぱりショーンは立ち上がろうとしない。ぼくは、ため息をついた。
「ショーン、さすがにそろそろ――」
「親が来てるんだ」
黙り込んでいたショーンは、おもむろにぼくの言葉を遮った。
「今日は、俺がスタメンで出られるかもしれないって、母さんと親父が」
「……」
彼の声は震えていた。
「悔しいんだ」
汗とも、涙ともつかない雫が、彼の両足の間に落ちる。それはすぐに乾いて、コンクリートの染みになった。
「母さんは、ずっとスタジアムに応援に来るのを楽しみにしてて、父さんは嫌がってた。俺がやらかしでもしたら、おかしくなっちまうかもって」
言葉を絞り出すように、ショーンは強く目を閉じた。
きっと、恥じることなんて何もない。ショーンは、全力で戦っていた。両親も、ショーンのことを誇らしく思っているはずだ。
「戻れねえよ。あんなプレーをした後に、グラウンドになんて……」
でもそれはプライドの問題だ。慰めるのは簡単だけど、「そんなことないよ」なんてありきたりな言葉は、何の意味もない気がした。
「せめてもう少し、プレーできてたら……」
そして、その気持ちは、ぼくもよく分かった。何ができたかはわからないけど、後半、もう少しは挽回のチャンスがあると思っていたし、きっと自分ならできると信じていた。
スタジアムから、大きな歓声が聞こえた。スタジアムDJによる巨大な場内アナウンスが流れる。もうとっくに試合は始まっていて、誰かがゴールを決めたらしい。
「ショーン、戻ろう」
彼は、何も答えない。
「今なら、ぼくたちのことなんて誰も気にしないよ」
そう言って、ぼくは立ちあがる。
その時ゴールを決めたのは、ジュリアーノだったらしい。雰囲気をがらりと変える、素晴らしいミドルシュートだったという。
それを聞いて、ぼくは喜ぶことができなかった。チームがゴールを決めたというのに、ただ悔しかった。そしてそんな自分が、ひどく惨めに思えた。




