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1-31. 関係者席

「うおおおおお! ショーーーーーーン! 負けるな! 負けるんじゃない! 頼む! うわあああああ!」

「お父さん、落ち着いてください。皆さん見てますから」


私の隣に座った女性が、落ち着いた様子で席から身を乗り出して叫ぶ男性を宥めている。髭を生やし、熊のように恰幅がいい夫に対して、奥様の方は少し小柄でどこか上品さを感じる。


 でも、ふたりの雰囲気はどこか似ていて、夫婦だということはすぐに分かった。


「ああ……でも、ショーンが、ショーンが……」

「大丈夫ですよ。あの子ならやってくれますから」


 私が試合中に座るのは、関係者や選手の家族用に用意された席だが、これまでのシーズンでこの二人を見たことはなかった。会話の内容からすると、おそらくショーンのご両親なのだろう。


 ショーンには、私と風太は毎日アパートまで送ってもらっている。一言くらい、挨拶しておく必要がある。そう思い、プレーが切れたタイミングで私は彼らに話しかけることにした。


「お世話になっております。もしかして、ショーンのご両親ですか?」


急に話しかけられて驚いたようで、ふたりは同時に私の方にふり返り目を丸くした。そして、顔を見合わせると、これまた同時に口を開いた。


「あらあら。ご丁寧にありがとうございます。ショーンの母でございます。うるさくしてすみませんね」

「同じくショーンの父だ。恥ずかしいところを見せてしまったね。ふう、落ち着かなければ……」


ショーンのお父様は咳払いし、イスに深く腰掛け直した。


「いえ。決してそんなことは。息子さんにはいつもお世話になっております」

「あらー。こんなきれいなお嬢さんと息子が知り合いなんて。もしかしてどなたかのお姉さま?」


お母様は手で顔を仰ぐような仕草を見せながら言った。


「いえ、フータ・ドイの通訳のリサと申します」

「あら、あなたがリサさんね! 息子からよくあなたたちの話は聞いてるわよ。ねえ、あなた」

「あ、ああ。そうだな」


ショーンのお父様は、戦況を見つめながら、横目でこちらを窺っている。やはり親子。初対面の人に対する態度がそっくりだ。


「それにしても、フータくんはすごいわね。この前の試合では何度もチャンスを作っていて。お母さん、ファンになっちゃったわ」

「いえいえ。決勝点を決めたのは息子さんだったじゃないですか」

「あらー。あんなのまぐれよ、まぐれ」


謙遜しながらも、やはりお母様は嬉しそうだ。少し話しただけで、ショーンが両親から愛されて育ったんだということが分かる。


「クロスだ! クロスが上がるぞ! ショーン! 気を付けろ! うわああああショーンのところにぃぃぃぃ!」


ショーンのお父様が、顔を真っ赤にして立ち上がった。ピッチ上では、相手の左サイドからクロスが上がり、かろうじてショーンが頭に当ててクリアした。お父様は安心したのか倒れ込むようにシートに座った。


「あなた、そんなに興奮していたら、1試合持ちませんよ。まだ前半なんですから」

「……ああ、すまん……。だが、こんなことになるなら……」


そう言って、彼は自分の手で顔を覆った。


 そう、この試合、ヒーツは開始直後からウォリアーズの猛攻を浴びていた。そして、狙われているのは、ショーンとフータの左サイドだ。


 フィジカルを武器とする選手が多いウォリアーズは、ロングパスや崩しの起点として対人守備に脆さがある左サイドの二人を徹底的に責めてきている。そしてそれは、今のところ功を奏していると言って良い。


 まだ失点は1だが、ウォリアーズはそこから何度も決定機を作り、ほとんど攻撃もさせていない。フータもショーンも、屈強な相手選手のフィジカルに圧倒されてしまっているように見える。


「ああ! 駄目だ! 抜かれるな!」


ルーズボールをカットしに行った風太が、相手のSBの選手に吹き飛ばされる。彼は、そのままスピードに乗ってショーンを振り切りにかかる。ショーンはユニフォームを掴んで止めようとするが、逆に引きずられるようにして倒される。


 しかし、そこに足が伸びた。


「ダンソくん!」


ややタッチが大きくなったところに、ダンソがスライディングで突っ込み、ボールを弾きだす。ホームスタジアムに、安堵のため息が響いた。


「いやあ、助かった……。さすがダンソくんです。ありがとうございます」

「いえいえ。そんな……ショーンくんが遅らせてくれたからですよ」


ショーンのお父様は、隣の眼鏡をかけた柔和そうな中年男性に握手を求める。彼は、逆に恐縮しながらその手を握った。


「何をおっしゃいますか。今日はうちの息子はダンソくんに助けられてばかりですよ」

「とんでもありません……。私の息子とは思えない気が強い男ですから。いつもショーン君たちにご迷惑お掛けしてないか心配で……」

「そんなことないわ。昔からショーンはダンソくんに憧れてましたから。ユースの先輩にすごい人がいるんだって、いつも話してたのよ」


関係者席の端に、和やかな空気が流れる。しかし、相変わらずピッチ上ではヒーツの選手たちは苦戦を強いられていた。


 GKからパスを受けたショーンだが、パスコースを探しているうちに敵に距離を詰められる。


「あら、囲まれちゃったわね」

「ショーーーーーン! クリアでいい! 頼むからクリアしてくれ!」


それにしても、ウォーリアーズの選手たちの屈強さは目を見張るものがある。


 特に今季ジュリアーノと得点ランキングトップを争っているCFのサミュエルは、まるでボディビルダーのような体格で、観客席から見てもひとりだけ異様な大きさに見える。


 風太が苦戦しているSBのフィリップスも誇張なしで風太の倍ほど胸板が厚く、はたから見ると大人と子供ほどサイズが違う。


 ウォーリアーズの中で比較的小柄と言えるのは中盤で攻撃のタクトを振るうベテランのアダムスくらいだが、それでもマッチアップする高藤選手に当たり負けしないフィジカルを持っている。


 そのアダムスが指示を出すプレスによって囲い込まれたショーンは、フィリップスのタックルで大きくバランスを崩した。


「うわああああ! ショーン! もうやめてくれ! 神様! ハーフタイムはまだなのか!?」


ショーンの父親は、顔の前で両手を組んで祈り、もはやほとんど試合を見てはいなかった。

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