1-30.戦士たち
パスが出るが、相手の寄せが速い。ぼくは後ろ向きでボールキープの態勢に入る。相手に体を預けようとするが、しかし――
「くそっ! 重いっ……」
対峙するディフェンスの身体は、まるで岩のように固い。ぶつかるごとに、じわじわと体勢を崩されていく。
「風太! いったん下げろ!」
剛さんの声が耳に届いた。ぼくは体を腕で抑え込まれながらも、何とか足を伸ばし爪先でパスを出した。
だが、そこにもすぐにプレスがかかる。
「遅ぇよ!」
タッチライン際に追い込まれたショーンをダンソが怒鳴りつける。
「出せ! もう外に出せ!」
ショーンは相手のタックルに吹き飛ばされ、ボールごとピッチの外に転がる。彼は、感情を露にし、地面を叩いた。
「くそ!」
「良いから早く戻れ! ノーファールだ!」
「そんなに自分のプレーが良かったと思ってんのか?」ダンソの言葉を、ぼくは思い出していた。この国のフットボールの厳しさを、ぼくとショーンは早くもまざまざと見せつけられていたのだ。
初出場を果たした試合の翌週、ぼくたちは再びスターティングラインナップに名前を並べた。ぼくは相変わらず左WG、ショーンは脳震盪で静養中のマルティンに変わって左SBだ。
先日の試合後のショーンとダンソの口論(といっても、ショーンが一方的に責められただけだけど)は、重要な一戦に向かうチームの集中力の中で有耶無耶になっていた。
なにしろ、週末の相手はウォーリアーズ。スコットランド2強の一角であり、最も熱狂的なファンベースを持つチームでもある。今のところ首位を走るヒーツだが、クラブの格としてはウォーリアーズが上。優勝を狙う上では、必ずここで差をつけておきたい相手だ。
前節の勢いをそのままに大一番に臨むべく、ニコラス監督はメンバーに大きな変更は加えなかった。
しかし、結果的にその決断は裏目に出ることになる。
ウォーリアーズはしたたかに、ぼくたちの弱点を見抜いていた。彼らは、序盤から明らかに、ヒーツの左サイドを攻めてきたのだ。
やり方はシンプルだ。屈強なCFやSBが次々とショーンの周りに走り込んできて、そこにめがけてロングボールを入れてくる。
敵陣でカオスを引き起こす原始的な戦術。だが、空中戦が強いわけではないふたりが揃ってしまっている左サイドを攻略するには、これ以上ない方法だった。
まだ前半の半分も終えていないというのに、ぼくもショーンも肩で息をしている。全く攻撃に転じることができず、守備に追われる試合というのは、この国に来て初めて経験することだった。
「フータ、後ろだ!」
トーマスがテクニカルエリアから叫ぶ。一瞬SBから目を切っていたぼくは、背後から飛び出してくる影に気が付かなかった。
「裏!」
ぼくの前でボールを受けたSBは、スローインを入れたWGの選手にダイレクトで返球すると、ワンツーでショーンを振り切り、クロスを上げる。
CFやウイングが中に走り込んでくるが、ボールはやや大きくなり、逆サイドに流れる。しかし、そこには上がってきた逆サイドのSB。内側にトラップすると、彼は中を見た。
「ショーン、そっち行ったぞ!」
ダンソが首だけをこちらに向けて叫んだ。
(――来た……)
ファーサイドに流れてきたCFを、ぼくとショーンで挟み込むようにマークする。
(っ! 強すぎる……)
しかし、身体をぶつけてもびくともしない。どころか、腕を使って無理やりスペースを作られてしまう。
「来ぉぉぉぉぉい!」
相手のエースストライカー、トリニダード・ドバゴ代表のサミュエルは、リーグを代表するパワープレイヤーだ。その体格は、サッカー選手としてはまさに異常値と言えるものだった。
浅黒い肌の大男が雄叫びを上げた。岩のような屈強なフィジカルに、ぼくは思わず顔を顰めた。
パトリックほど身長が高いわけではないが、身体の分厚さは一目瞭然でサミュエルに軍配が上がる。サッカー選手というよりはむしろ、ラグビー選手と言われた方が納得ができる体格だ。
SBは足を大きく振り上げた。うちのSBも全速力で寄せるが、タイミング的に間に合う見込みは低い。
クロスが上がってくるとしたら、狙われるのはおそらくここだ。
それは分かっていた。しかし――
(やっぱり上がってきた――)
そう思った瞬間、ぼくは大きく後ろに吹き飛ばされていた。地面に叩きつけられ、芝生に転がる。
ホームスタジアムに悲鳴が上がった。
顔を上げると、ショーンは、ぼくと同じように。芝生に尻もちをついている。ダンソがため息をつき、首を振った。揺れるゴールネットと、その中でバウンドするボール。
サミュエルは、人差し指を天に突き立てる。そして、象のような足でピッチを蹴ったかと思うと、その大きな体は空中に舞った。彼は物理法則を無視したような後方宙返りを披露し、再び絶叫した。
「お前ら、ふたりでマークしてるんならせめて飛ばせるなよ……」
「っ! 無茶言うなよ!」
呆れたように吐き捨てるダンソに、ショーンは負けじと言い返す。
ぼくは、ピッチに腰を下ろしたまま天を仰いだ。
ほんとに、同じ生き物なのか――初めてウィーバーと対峙した時のような、いや、その時以上の絶望。
ここまでのフィジカル差に、いったいどう対応すればいいのか。正直、まるで思いつかない。
「大丈夫かい?」
「あ、は、はい」
差し伸べられた手を思わず掴む。ぼくの身体は、片手でゆうゆうと引き上げられた。
「彼のフィジカルは規格外なんだ。チームメイトのぼくでさえ、いつも驚かされるよ。だから、君が気に病むことはないんだ」
深い青のユニフォームに身を包んだ優男が、ゆっくりとした英語でぼくに話しかける。さっきチャンスにつながるクロスを上げた右SBだ。
「ぼくはフィル。英語分かるかな? 今日はよろしくね」
そう言って爽やかに笑う彼もまた、ユニフォームが引きちぎれそうなほどの筋肉の鎧で身を包んでいた。青年は、その甘いマスクとは不釣り合いにも見える鍛え上げられた肉体を揺らしながら、ゆっくりと自陣へ帰っていった。




