1-27. 曲者
最後尾からピッチを眺めていると、試合の流れがよくわかる。一進一退の攻防を繰り広げているように見えるが、押しているのはうちのチームだ。
ヒーツもチャンスが作れていないわけではないが、かなり精神的なプレッシャーがかかっているはずだ。彼らは優勝を目指すチームであり、負けることは許されない。
スコティッシュプレミアシップは、ケルティックとウォーリアーズという圧倒的な2強が存在する。このリーグで優勝するためには、彼らとの直接対決以外で勝ち点を落としているようじゃ話にならない。
60年ぶりの優勝を狙うヒーツが、格下のうちとこの時間帯まで引き分け。焦らないわけがない。
「入ったぞ! プレスかけろ!」
相手の左SBにボールが入った瞬間、我らがキャプテンが叫ぶ。ブラームスはここぞとばかりに猛烈にボールをチェイスする。
SBは苦し紛れに縦につけようとするが、力のないパスは容易にカットされる。
(かわいそうに……)
敵ながら、気の毒になる。スタメンのSBの代わりに入ってきたあのショーンと呼ばれている少年。彼は、アンラッキーだ。
アクシデントでアップの時間もなく出場させられたかと思えば、相手は突如としてハイプレスをかけてくる。そして、試合に入りきれないままファーストプレーで失点につながりかねないボールロスト。
(この試合が、トラウマにならなければいいんだが)
SBに慣れていないのか、ポジショニングも良いとは言えない。サイドに開きすぎて、パスコースの選択肢を自ら減らしてしまっている。
若い才能が潰れてしまうのは見たくない。つい、余計な心配をしてしまう。
ショーンは自ら取り返すべくボールを追いかけるが、いとも簡単にブラームスのダブルタッチの餌食になる。
「突っ込むなよ! 簡単に抜かれすぎだろ!」
CBのダンソからの檄に顔を俯かせながらも、少年は必死に戻る。
攻撃的な位置でボールを持ったブラームスは、リーグ屈指のドリブラーだ。比較的調子の波がある男だが、今日は絶好調。その点に関しても、彼は何とも不幸だ。
ブラームスのクロスを、ウィーバーがはじき返す。ヒーツは、CB2枚をはじめとするセンターラインの個人能力でなんとか守り切っているという状況だ。
こぼれ球を拾ったケルハーがミドルシュートを狙うが、抑えの効いたボールはGKの正面を突く。ケルハーは天を仰いだ。
仕方ない。CBの寄せが速くて、コースがなかった。
(!?)
その時、視界の右端で、臙脂色の影が動いた。
「おい、14番見ろ! 裏走っているぞ!」
私は声を張り上げ、バックステップを踏む。
GKのスナイデルが、低い弾道のボールを蹴る。
(出られない……!)
代表でポジションを争うスナイデルは、キックに定評がある。バック回転のかかったボールは、私とディフェンスラインの間の、ほぼ完ぺきな位置に落ちた。
トラップが長くなれば前に出る選択肢もあったが、14番は後ろから来たロングボールを、走りながらショートバウンドで上手くトラップする。
ややボールが外に流れスピードダウンしたところをCBが追い付く。一応2枚のCBは戻っているが、前に残っていたパトリックが上がってきて、敵味方は同数の状況。
(こいつは危険だ……)
長年ゴールを守り続けて養われた危機察知のセンサーが、大音量で鳴り始めた。
「ディレイしろ! 飛び込むなよ!」
14番のドリブルにはこの試合を通して手を焼いてきた。前半のブラームスが本領を発揮できなかったのも、この少年のドリブルに手を焼いていたからだった。SBが交替してからボールの供給が少なかったが、久々に彼にボールが渡った。
こういう時こそ危ない。したたかなドリブラーは、攻撃を受けているときこそ、ワンチャンスに懸けて体力を温存している。
カットインか、縦か。どちらだ――
14番はペナルティーエリアの角で仕掛けるタイミングを図る。だが、対峙するスコットは良い距離感で対応している。
(カットイン――!)
14番は縦にボディフェイントを入れ、右足のアウトサイドで中に切り込んだ。
そして、シュートではなくクロスを選択する。
しかしそのクロスは、中に走り込んでいたパトリックの頭を超えた。
(誰もいないはず――)
全く無警戒だった逆サイド。しかし、嫌な予感がして、私は左足を大きく踏み出す。考えるよりも先に体が反応していた。
「!?」
そして、そのボールは、やはりミスキックなどではなかった。
そこには、ディフェンスの背後で完全にフリーとなったヒーツの7番が走り込む。
(ジュリアーノ!)
その姿は、白馬のようにしなやかだった。
「っうおおおおお!」
無我夢中――私は体を大きく広げ、彼の足元に体ごと突っ込む。恐れなどない。
ジュリアーノはスライディング気味にボールに触れる。ミートされたシュートが、ゴールを襲った。
しかし、幸いにも、広げた右腕の先にボールが触れた。シュートは方向を変え、クロスバーの上を抜ける。
転がった勢いで立ち上がり、私は吠えた。同時に、スタジアムの観客たちも絶叫する。
「ナイスキーパー!」
「やべえ! 今日当たってるぞ!」
次々と集まってくる仲間たちとハイタッチを交わす。
「……やっぱり、今日はボクの日じゃなさそうだね」
ジュリアーノはそう呟いてコーナーアークに向かって行った。
勝てる。私は確信した。
今のシーンは、10回あれば8、9回はゴールを割られているようなピンチだった。これを凌いだのは大きい。いや、大きすぎる。
今日の私は、ハイバーズは、持ってる。もちろんまだコーナーキックだから、警戒しなければいけないが……。
ダンソとウィーバーが、ゆっくりと歩いてペナルティエリアの中に入ってきた。中盤のタカトウとヘンリーもニア側で待ち構えている。
「デカいやつらばっかりだヨ……」
ニアポストを守るブラームスが不安そうに呟いた。
「大丈夫だ。低いボールだけ頼んだぞ!」
ゴール前の中央でウィーバーをマークするケルハーが声を張る。ケルハーはそこまで高さがあるわけではないが、当たり負けしない体幹の強さがある。
今日も、ターゲットとなるウィーバーやダンソにはゴール前で自由にさせていない。昔から、空中戦でも頼れる男だ。
ジュリアーノが手を挙げて助走に入った。
「上げてくるぞ! マーク外すなよ!」
私は中の動きを見ながらディフェンス陣に声を掛ける。
しかし、ジュリアーノはやはり曲者だった。
「……っ打たせるな!」
彼は素直にコーナーキックを蹴ってはこなかった。中に高いボールを蹴ると見せかけた助走から、グラウンダーでバイタルエリアにパスを送る。
ゴール前に走り込んできたタカトウたちにマーカーが釣られ、空白地帯となったそのエリアに、14番は現れた。




