1-22. 波状攻撃
圧倒しているのに、点が入らない。その時間は、思っている以上に苦しい。
早く1点が欲しいという焦りが最後の局面でのプレーの精度を低下させ、決定機で決めきれないことがさらに焦りを生む。実力で勝るはずの相手に勝てない試合で、よくあるパターンだ。
今のヒーツは、まさにその状況だった。前半の最終盤、俺たちのチームのボール支配率は7割をゆうに超え、15本以上のシュートが記録されている。
しかし、リードしているのはシュート1本のみのハイバーズ。
もちろん、試合全体で考えるとまだまだ時間はある。しかし、前半のうちに追いついておきたいというのは、全員の共通認識だ。
特に俺は、自分のマーカーが起点となって失点してしまっている。逸る気持ちを抑えるのはなかなか難しい。
パトリックの猛烈なプレスを受けて、相手のCBは縦パスを選択する。
CFは疲労からかパスを受けられる位置に走り切れておらず、センターハーフへの楔がほぼ唯一のパスコース。
読むのは容易だった。
「来てるぞ!」
その声で、相手のインサイドハーフは死角からインターセプトを狙う俺の存在に気づいた。
身体をぶつけてボールを隠そうとするが、俺はそれをかわしながら足を出し、ボールを掠め取った。
ディフェンスラインの統制が取れていないうちに、右サイドのジュリアーノへボールを送り、動き直す。
相手は左に張る風太のマークを捨て、右サイドに圧縮してくる。この動きを、今日のハイバーズは徹底している。ジュリアーノはそれを見て、ダイレクトでパスをリターンした。
インサイドハーフがジュリアーノにプレスに行ったことで、俺は一瞬フリーになる。すかさず左足に持ち替え、逆サイドに大きな展開を作る。
敵の右SB・ブラームスは慌てて戻るが、他のメンバーはスライドしきれていない。ハイバーズのミドルプレスの連動も、ここにきて綻びつつあった。
「絞れ!」
ハイバーズの監督は必死の形相で声を張り上げる。選手たちもそれに応えようとするが、やはり体力の消耗は如何ともしがたい。
風太との、1対1の状況が生まれる。
ブラームスは風太のドリブルを警戒し、かなり距離をとっている。
その判断はある意味では賢明と言える。風太はブラームスとタイミングが合っているのか、何度もサイドを攻略することに成功している。この状況で同じように突破されると、ハイバーズとしては大ピンチだ。
だが、そのスペースがあれば、何でもできてしまう。
風太は大きく中にカットインした。
キックモーションに対しブラームスは慌てて身体を投げ出すが、間に合わない。
クロスが上がる。
インスイングのボールは、ペナルティエリア内でポジションを取り合うパトリックに弧を描きながら向かった。パトリックと相手の左CBは、身体をぶつけあいながら同時にジャンプする。
――少し高いか!?
クロスは、ややファーに抜けていく軌道に見えた。ミスキックが頭によぎる。
――いや、これは……
そのボールの意図に、俺は思い当たった。
予測通り、クロスはパトリックの頭をかすめた。
しかし、ワンバウンドしたボールは強烈な回転で急激にコースを変え、ファーポストに向かう。
――シュータリングか!
中の味方が触れることができればセンタリングに、触れなくてもゴールに向かっていくボール。どちらの可能性も最後まで捨てきれないゆえに、GKの反応は遅れる。
ボールは、そのままゴールに吸い込まれていくかに見えた。
しかし、GKは冷静だった。
ワンテンポ遅れながらも、ゴールに向かうボールに反応している。
通常のクロス対応よりやや前めのポジショニングから、バウンドに合わせて横っ飛びし、ゴールマウスからシュートを掻き出した。
「っ! いい見極めだ……」
つい日本語がこぼれる。なにせ、いい読みだ。最初からボールが抜けてくることも予測したポジションをとっていた。
ジュリアーノが逆サイドからこぼれ球を狙うが、相手のCBはリスクを冒さずクリア。スライドは遅れるようになっても、ゴール前の人数は相変わらず揃っている。
ボールはディフェンスラインの裏に転がる。GKが素早く回収し、CBのウィーバーにつないだ。
「ウィーバー!」
俺はボールをもらいにアンカーの横に落ちる。スピードの速いパスが矢のように足元に差し込まれた。
――要求通り!
マンマーク気味に付いてくる相手のキャプテンの気配を背後に感じながら、横のヘンリーにダイレクトでボールを預け、反転。マーカーをかわし前方へ走る。
目の前に、絶妙なタイミングでパスが返ってきた。
パトリックをふたりでマークしていたCBの一枚が、パスコースを消しながら距離を詰めてくる。
――仕掛けるか? ……いや――
前線の青い瞳と、視線が重なった。
ディフェンスライン上でゆっくりと歩いていたパトリックが突如としてスピードを上げ、横に流れる動きを見せる。俺は、CBの空けたスペースにスルーパスを送った。
ボールを引き出したパトリックは、トラップと同時に体を反転させシュートモーションに入る。必死で体をぶつけてきたCBを逆に吹き飛ばしながら、腰をひねって逆サイドを狙った。
ボールは唸りを上げる。
しかし、ゴールに向かったボールは、次の瞬間ポストに弾かれていた。
歓声を塗りつぶすような鈍い音がピッチに響く。
こぼれ球のカバーに入った左CBが、ゴール前に転がったボールを前方に蹴り出した。
GKは雄叫びを上げ、ガッツポーズを見せる。観客は、彼に喝采を浴びせた。
――また触りやがった
目で追うのもやっとだったが、確かに、途中でシュートコースが若干変わったように見えた。おそらく一か八かで右に張って飛んだのだろう。今日、相手GKはとにかく“当たって”いる。
クリアボールは、やや中途半端になり、相手陣内までディフェンスラインを押し上げているCBの前に落ちる。
ハイバーズはプレスに来ない。全員で自陣に下がって守りを固めている。前半は残り少ない。
再び、ウィーバーから鋭い縦パスが足元につく。
――もう1チャンス作れるか……?
おそらく、これがラストプレーになる。そうであれば――
俺は、迷わず左サイドに展開した。今日一番乗っている男にパスを出す。
風太は足の裏でボールを滑らせる。対峙するディフェンスは二人。
審判は、時計を見た。




