1-21. イーストサイドの意地
「ツヨシ! 来てるぞ!」
ウィーバーが叫ぶより早く、ツヨシは自分のマーカーにボールが入ったことに気づき、追走した。アンカーに入ったヘンリーも素早くカバーに入り体を当てる。
しかし、止まらない。8番を背負ったケルハーはうまくボールを隠しながら前進する。
――しぶとい……
トップスピードが速いわけではないが、腕を使った巧みなボールキープでドリブルの減速を最小限に抑えている。試合前のミーティングでも、要警戒と説明があった選手だ。
でも、まだ焦る場面じゃない。
カウンターに出てきているのは、センターハーフのケルハーと、前線に張ったCFのみ。
それに対してうちは、2枚のCBだけではなく、僕とアンダーソンの両SBもディフェンスラインに残っている。ジュリアーノもフータもサイドに張って仕掛けることが多く、そこまで頻繁にオーバーラップを仕掛ける必要がないからだ。
それに、CBコンビはプレミアリーグクラスとも評されるウィーバーとダンソ。そう簡単にはやられない。
右CBのウィーバーに合わせて、僕は少しずつ自陣側に撤退する。ディフェンスラインは下げ切らない。隙があれば即座に潰しに行ける位置だ。
「待ちやがれっ!」
「っ! もう追いつくか!」
背中をとらえたツヨシのコンタクトに、ケルハーはなんとか耐えてボールをキープする。
ヘンリーは体勢が崩れたのを見逃さない。ツヨシと挟み込むように、両側からボールホルダーの進路に足を伸ばす。
しかし、ヒーツのキャプテンの判断も早い。耐えきれないと見るや否や、咄嗟に爪先で触れてパスへの切り替えを試みる。
ボールに3人が同時に触れる。セカンドボールは、不規則なタイミングでディフェンスラインの前に転がった。ダンソの守備位置だ。
――取れた
瞬間的に、そう思ってしまった。ダンソは、いつものようにルーズボールを必ずマイボールにしてくれると。
でも、ダンソの反応は遅れていた。
相手CFが倒れ込みながら伸ばした足が、オーストリア代表CBの前でルーズボールをかすめる。
ボールは、ゆっくりと僕の方へ転がってきた。
クリアすべきか、ゴールキーパーに戻すか。一瞬、対応に迷う。
その逡巡――1秒にも満たない思考の遅れが、相手に時間を与えてしまった。
「マルティン、後ろ!」
「来てるぞ!」
フータとウィーバーが同時に声を上げる。
振り向こうとした瞬間、肩の後ろ側に衝撃が走った。僕の身体は地面に投げ出される。
「ファール!」
ダンソが手を上げながらカバーに走る。審判の笛は鳴らない。
僕の目は、ゴールに向かうドレッドヘアの後姿を捉えた。ウイングバックのブラームスだ。
――フータの守備対応に追われていたはずなのに、まさか一瞬でここまで走り込んでくるなんて……
急いで立ち上がろうとするが、脚に力が入らない。倒れる際に頭を打ったのかもしれない。
「ファーを切れ!」
ウィーバーがダンソに叫ぶ。
ブラームスは大きく足を振り上げる。
――大丈夫だ。角度はない
ダンソは、ウィーバーのコーチングの通り足を出してファーをブロックする。
シュートはダンソの足の上を超えて飛んだ。ただ、GKの正面。
しかし、ウインガーであるブラームスの右足から放たれたシュートには、強烈な力がこもっていた。
たまらず、GKはうなりを上げるシュートを弾く。
ディフレクションはダンソの脇を抜け、転がった先は――不運にも、緑色の戦士の足元だった。
ウィーバーが必死に体を投げ出すが、それをあざ笑うように、ハイバーズのキャプテンは、冷静にボールを枠内に流し込んだ。
イースト・サイドの住民たちの歓声が爆発する。スタジアムの鉄筋は軋み、その音すらも歓声にかき消された。
「審判! ファールだろ!」
ダンソがぼくの方を指さして審判に詰め寄る。審判は首を振った。つかみかかりそうな勢いのダンソを止めながら、ウィーバーが審判に判定の理由を確認する。
「だ、大丈夫!?」
「頭とか打ってないか?」
フータとツヨシが僕の方に駆け寄ってくる。僕は慌てて立ち上がった。
「だ、大丈夫! なんともないよ!」
少しふらつくが、脚は動く。おそらく一過性のものだろう。
「よ、よかった……」
フータは安堵の表情を浮かべる。
「すまん、この失点は俺のせいだ」
ツヨシは眉間にしわを寄せて、ゆっくりと帰陣していく緑色の戦士たちを睨みつけた。
「あの8番、パスを出した後に俺たちを巻き込んで倒れやがった……。おかげでこぼれ球への対応が遅れた」
「そ、そんな……僕もはっきりクリアできていれば……」
抗議も虚しくゴールは認められたようで、得点者の名前をDJが高らかにコールする。ケルハーのチャントがスタジアムに響き始めた。
「いや、あれは仕方ない。この歓声じゃコーチングも聞こえづらいからな。これからは迷ったらはっきりプレーしよう」
僕は大きく頷く。
「それから風太。相手のSBはお前のドリブルに手を焼いてる。今日は左サイドにボールを集めるぞ」
――そ、そんなプレッシャーを懸けるようなこと言って大丈夫?
少しばかり不安を覚え、風太の顔を見た。
しかし、その時見た彼は、いつもとどこか違っていた。
フータは、まるで当たり前だとでもいうように、ただにやりと笑った。それは、とても好戦的な目つきだった。




