1-18. 強烈な光
「お前には、絶対に勝てない相手がいるのか?」
パトリックの言葉が、頭の中に響いていた。なぜ今こんなことを考えているのか、自分でもわからない。
パトリックの強烈な個性にあてられただけだろうか? それとも、ぼくは傲慢になってしまったのだろうか?
――誰にも負けない
根拠のない自信が、ぼくの心を満たしていた。今も。
チームメイトたちが叫び、手を叩いて鼓舞し合う音が、隣の部屋の電話のようにぼんやり聞こえた。簡素なドレッシングルームのベンチに座り、靴紐を締める。
少し芝の色が移った白いスパイクと、足を締め付ける紐の感触。これは、どこに来たって変わらない。
――いつかも、こんな気持ちで……
ずっと昔、どこかのドレッシングルーム。その時も、同じようにスパイクの紐を結んでいた。それがいつだったのかは、思い出せない。まるで、今日が初めてじゃないような、そんな気さえした。
思考は宙に浮かんだままだ。
根拠のない自信――本当に、そうだろうか。ふと、そんなことを思う。
だって、ぼくは誰よりも、きっと誰よりも練習してきた。
ボールを蹴るのがただ楽しかったあの日。
初めて試合に負けて唇を噛んだあの日。
父親に殴られて、涙が止まらなかったあの日。
誰もが勝利に酔いしれていたあの日。
ぼくよりサッカーを愛していた仲間が、サッカーを辞めたあの日。
代表から外された、あの日。
何があっても、ぼくはボールを蹴り続けた。それしか、なかったから。
だって、ぼくはいつだって、結果を残してきたじゃないか。
ユースのセレクション。
どうしても勝ちたかった、クラブ杯の決勝。
初めて呼ばれた代表戦。
思いがけず訪れたプロデビュー。
昇格を決めた大一番。
ライバルとのダービーマッチ。
いつも無理だと、本当に今度こそ無理だと思いながら、ぼくはいつだって結果を残してきた。
だからいま、ここにいる。
わかったよ、パトリック。ぼくにも、自信がある。根拠もある。
「フータ、行くぞ」
肩を叩かれた。見上げた剛さんの顔に、いつものような笑顔はない。
チームメイトたちはすでにドレッシングルームを後にし始めている。ドアの向こうに、パトリックの背中が見えた。
あとで聞いた話によると、ウィーバーやジュリアーノも声を掛けてくれていたらしい。でも、全く気付かなかった。後にも先にも、こんな状態になったのは数える程しかない。
剛さんに続いて入場トンネルに向かう。遠くにサポーターの歌が聞こえ、古いスタジアムはびりびりと揺れた。
階段を降りると、トンネルの中に選手たちがひしめき合っている。彼らは、互いに声を掛け合い、健闘を誓い合う。
ウィーバーは審判とにこやかに話し込み、マルティンは、緊張の面持ちでエスコートキッズの手をしっかりと握っている。相手のキャプテンは、GKと熱心に話し込んでいた。
そしてその向こうには、美しく刈り込まれた緑の芝生が見える。眩しいくらいのライトに照らされたコートは、演劇の舞台のようだった。
会場を包み込む熱狂と、トンネル内の強張った空気。ぼくは、そういったものを不思議と冷静に感じ取った。
スーツに身を包んだスタッフが声を張り上げると、選手たちは一列に並び始める。小学生くらいの金髪の少年が、ぼくの手を握った。ハイバーズの緑色のユニフォームに身を包んだ少年は、目を輝かせてトンネルの先を見つめている。
いつかここでプレーするのが、彼の夢なんだろうか。
なんとなく、そんな気がする。誰かの夢舞台に、ぼくは立っている。
4人の審判がゆっくりと歩きだし、両チームのキャプテンがそれに続く。行進はゆっくりとはじまった。
少しずつ、歓声が大きくなる。
トンネルを抜ける瞬間の強烈な光を、ぼくは目を開けて見据えた。




