1-17. 戦える選手
「ハイバーズは基本的にオーソドックスな4-4-2のシステムのチームですが、序盤のケルティック戦やウォーリアーズ戦では5バックを採用しています。前回対戦時はいつも通りのシステムを採用していましたが、今回は最初から5-4-1で引いてくると思われます」
「基本はロングボール主体の撤退守備。中央の2枚をうちのセンターミッドフィールダーにマンマーク気味で付かせてくるでしょうね……」
ニコラスは、タブレットの予想先発を見て考え込んだ。マシューは、ドアの横の壁にもたれかかり、やや離れた位置から俺たちの様子をじっと見ている。
ヒーツのヘッドコーチに就任して2年目になるが、SDであるマシューがニコラスとの戦術ミーティングに顔を出すようになったのは今年からだ。それだけ、今シーズンは力が入っている。
「戦略的にプレッシングを構築してくるチームではなかったと記憶していますが、こちらについては以前から変わりありませんか?」
「はい。ビルドアップは問題ないと思われます」
ニコラスはワークチェアに足を組んで腰を下ろしている。そして、手帳に何かを書き込み、上を向いてしばし考えこんでは、また筆を走らせる。就任5年目を迎える知将の脳内では、おそらく幾通りものシミュレーションが行われている。
「危険人物は?」
スカウティングデータを確認し答える。
「キーパーソンはセンターミッドフィールダーのケルハーです。チャンス創出の6割以上が彼のパスから始まっているので要注意です。また、センターフォワードへのプレッシングの指示も彼が担っているようです」
「ふむ……」
首を傾け、ニコラスは再び考え込む。柔らかなグレーの前髪が、重力に従って彼の目を隠した。
「……中を固められている中で、どう崩すか――」
マシューは、窓の外のグラウンドを見下ろしている。練習はとっくに終わっているが、何人かの選手はまだ居残りで練習をしている時間帯だ。
戦術ミーティングにおいて、ニコラスの思考を妨げるのは許されない。俺もマシューも、ひたすら彼が口を開くのを待つ。ニコラスは柔和だが、確固たる自分の世界を持った人物でもある。
そして、マシューやCEOは、低迷していたヒーツをわずか数年で優勝争いができるチームに再建したニコラスの手腕を非常に高く評価している。現場において、彼は絶対的な力を持っているといっていい。
しかし、その日ニコラスの口から出た言葉に、俺は耳を疑った。
「……ハイバーズ戦、パトリックとフータをスタメンで起用しようと思います」
「!?」
マシューは表情を崩さない。しかし、俺はその言葉に動揺した。
「ちょ、ちょっと待ってください! パトリックはともかくフータ!? なぜフータなんです!?」
「……相手が5バックで来る以上、パスワークだけで崩すのは難しい。クロスからの得点パターンを手札として持っておくに越したことはありません」
フータは、これまでのリーグ戦で一度も出場していない。それにもかかわらず、いきなりスタメンというのは、これまでの選手起用からすると異例ともいえる。
「クロスというなら、マルティンを一列上げてショーンをサイドバックで起用するパターンも考えられるはずです。フータよりもマルティンの方がクロサーとしては信頼できる――」
ニコラスは俺の反論を予期していたかのように、言葉を遮った。
「いや、相手はこちらのサイドに対してサイドバックとサイドハーフの2枚でディフェンスをしてくるはずです。マルティンのクロス精度を活かすためにも、ウイングには突破力のある選手を入れてダブルチームで対応させたい」
にこやかに閉じられた瞼の奥の眼球が、冷たく光る。
「それに、ショーンはサイドで違いを作り出せる選手ではないでしょう?」
「っ!……し、しかし――」
部屋の隅で様子を見ていたマシューが口を開く。
「おいおい、トーマス。気持ちはわかるが、君らしくないじゃないか。フータは調子が上がってきてる。別にスタメンでもおかしくないだろう?」
「私としても、ターンオーバーのつもりはありません。左サイドはフータとマルティンのコンビがベストだと判断します」
ユース上がりの若手よりも、SDが移籍金を支払って連れてきた選手が優先されるのは、この業界では珍しいことではない。
しかし、俺はショーンがフータよりも優れた選手だと確信していた。ドリブルが上手い選手なんて、いくらでもいる。大切なのは、チームを勝利に導ける選手だ。
ハイバーズは、ヒーツと同じくエディンバラを本拠地とするチーム。つまり、格下とはいえハイバーズ戦はダービーマッチになる。当然ファンは熱くなるし、荒れた試合になる可能性だってある。チームのために闘志を燃やし、最後まで決して諦めない精神。ダービーマッチで勝利をもたらすのは、そんな心を持った選手だ。
スコティッシュ・ユースカップの決勝やダービーマッチ――U-18のキャプテンだったショーンは、いつだって誰より走り、仲間を鼓舞し、大事な試合を勝利に導いてくれた。あいつの価値は、俺が一番理解している。
「――ショーンは、戦える選手です」
その言葉に、ニコラスは首肯する。
「理解しているつもりです。あの少年はとても情熱的なプレイヤーですし、チームを引っ張っていく存在になるでしょう」
「じゃあ――」
小柄な指揮官は、細い足を組みなおした。
「しかし、私の基準には満たない」
――そんなこと、試合で使ってみなければわからない
俺は、喉まで出かかった言葉を押し殺した。マネージャールームには沈黙が流れ、時計の秒針の音だけが小さく響く。
ニコラスとこんなに意見が合わないのは、初めてだった。俺は最後に言った。
「フータは、守備で間違いなく穴になる。守備強度が担保できるまでは使わない方針だったはずです」
ニコラスは目を閉じ考え込んだ。




