1-12. コートの女神?(前編)
「ちょっと待てよ! なんで勝負なんてしなきゃいけないんだよ!」
「まあまあ、いいじゃない。別に負けたって友達が一人増えるだけだよ」
マルティンは、明らかに面白がっていた。フータから勝負の申し出があった後、俺はそれを即座に拒否した。しかし、なぜか乗り気なマルティンと、こちらが何を言おうと「勝負しよう」の一点張りのフータに、半ば強制的にグラウンドに連行されて来たのだった。
時刻は午後5時を回ろうとしていたが、エディンバラの日はまだ高い。隣のコートでは、パトリックが黙々とシュート練習に打ち込んでいた。俺たちのことを気にする素振りは微塵も見せず、ただ無人のゴールにシュートを放ち続ける。
パトリックは、昨シーズンはレギュラー定着に至らなかったものの、チーム内での評価は非常に高い。ヒーツのユース育ちではない“外様”ながら、18歳でトップチームと契約し、既に数試合の出場経験もある。ノルウェーのヴァイキングを思わせる195cm・100kgというモンスター級のフィジカルは、既にプロの世界でもトップクラスだ。社交的なタイプではないが、真摯に練習に打ちこむ姿は誰もが認めるところだ。
――くそ……
彼らがこのコートに立つ姿を見ていると、心の中を暗い靄のような感情が覆い始める。俺は、どうしても、フータやパトリックを仲間として受け入れることができずにいる。
「おいおい、お前のいいところなんて、底抜けに明るいところくらいだろ?」
U-18のチームメイトが今の俺を見たら、そう言って笑うだろう。自分でも分かってる。マルティンが来たときみたいに、フータやパトリックにも話しかけて、パブにでも誘えばいい。そうしたら、きっとすぐに仲良くなれる。
――でも、
それでも、俺はやっぱりあいつらとトップチームで戦いたかった。フータやパトリックが来なければ、少なくともあと一人はユースからの昇格があったはずだ。
……いや、それだけじゃない。俺は、嫉妬しているんだ。パトリックはすでにトップチームで試合に出場しているし、得点も決めている。フータの実力は未知数だが、マシューSD肝いりの案件での加入と聞いている。ふたりとも、マルティンはともかく俺よりは遥かに期待されている選手だ。
自分でも、情けないと思う。でも、もう少しだけ時間が欲しい。気持ちを整理するための時間が。そうすれば、フータとも、パトリックとも、きっと仲間としてチームのために戦えるはずなんだ。
「えーと、じゃあ勝負の内容はフータの提案通り1対1でいいかな? フータがオフェンス、ショーンがディフェンスで」
そんなことはお構いなしにマルティンは勝負を仕切り始めている。
「待てって! やるとは一言も言ってないだろ! それに、なんでいつの間にか勝負の内容も決まってんだよ!?」
必死に抵抗を試みる。しかし、抗議の言葉は虚しくもあしらわれる。普段意見を主張することなんてほとんどないのに、一旦こうなるとマルティンは頑固だ。
「もう観念しなよー。ここまで来たんだからさ。それに、お化けの話で気絶したことバラされてもいいの? フータはツヨシと仲良しなんだよ?」
「い、言っちゃうぞー」
「ぐぐっ、そ、それは……」
痛いところを突かれて、言葉に詰まる。ちょっとした怪談で気絶したなんてことがチーム内に知れ渡ったら、どれだけイジられるか。想像するだけでも恐ろしい。特に、普段から揶揄ってくるツヨシだけには絶対に知られるわけにはいかない。
俺は、しぶしぶ勝負を受け入れる。
「わ、分かった。1対1でいいよ……」
「やった!」
フータとマルティンは同時にぴょんと飛び上がってハイタッチする。お前ら、いつの間にそんなに仲良くなったんだ……。
「ただ!」
俺は声を張り上げた。ふたりの視線が集まる。
「泣いても笑っても、勝負するのは1回だけだ。お前がゴールエリアに侵入するか、俺がボールを奪った時点で終了。もし俺が勝ったら、お前とはピッチ外で口を利かない」
「わ、分かった」
フータは、不安そうな表情で頷く。
――大丈夫。勝機はある。
俺は自分に言い聞かせた。確かに相手はドリブラーだが、スピードやフィジカルの面では俺に分がある。それに、練習を見ている限り、そこまで個での突破力を武器にしているようには見えなかった。むしろ、マルティンとの連携による崩しの方が、ディフェンスからすると脅威になっているように見える。
フータは、小走りでハーフラインに移動し、ボールをセットする。俺は、その後にゆっくりと付いていき、やや距離を取って構えた。
「二人とも準備はいい? それじゃあ、スタート!」
合図が出ると、フータはいきなり仕掛けてきた。ゆったりとしたキャリーのドリブルから、シザースでワンフェイク。やや体重移動が遅れた隙を見逃さず、アウトサイドで右に切り込んでくる。
――速いっ
シンプルなドリブルだが、想像以上にキレがある。緩急が反応を遅らせる。
だが、間に合う――フータが前に出る寸前で、何とか身体が反応した。肩をぶつけると、風太は大きくよろめく。
「わっ! 危なっ」
風太は体勢を崩しながらも、タックルされた勢いを利用して距離をとる。ボールは足に吸い付いたように離れない。ボールを軸にくるりと回転し、もう一度正対する。
「わあ、フータ、よく耐えたね」
「え、えへへ……」
――なんでマルティンはそっち側なんだよ
弟のように思っている友人がフータの味方をすることに、俺は少し苛立ってしまう。ただ、
――やれる。全然奪えるぞ。
このスピードなら、体格差も含めて何とか対応できる。俺は、ほくそ笑んだ。
しかし、俺がこの勝負を受けたことが大きな間違いだったと気づくのは、このわずか数分後のことだった。




