1-11. Be my friend
「お前まだ友達できてないのか!?」
「ちょっと! やめてくださいよ!」
クラブハウスのカフェテリアに剛さんの声が響く。練習終わりの食事をとっていた選手やスタッフたちの視線が一斉にぼくらに集まった。日本語だから内容は分からないはずだが、なんとなく恥ずかしい。
「友達ができてないというか、ぼくとしてはあくまで職場という感覚ですので、ここで友達を作る必要はないというか、まあプレーで見せればいいといったところというか、練習内容とかは剛さんに教えてもらえばいいし、リサさんもいるし、話し相手には困ってないというか、まあそういう感じですかね」
「よ、よくわかんないけど、これだけ同世代が居る中で1か月近くも過ごしてたら一人くらい友達はできるだろ」
「ううっ」
こ、これだから陽キャは……。剛さんみたいに小さいころからコミュ力が高くて周囲にちやほやされて育ったようなタイプは、この苦しみが分からないんだ。ぼくは剛さんの力強い眼差しから目を逸らした。
「あと、プレーで見せるって程活躍もしてないだろ」
「うううっ」
いくら後輩とはいえ、言って良い事といけない事がある……。たしかに、徐々に感覚が戻りつつあるとはいえ、まだ日本にいたころのように自信をもって仕掛けられているというわけではない。海外のプレイヤーの間合いに未だ戸惑いがあるのかもしれないが、あと少し、何かの歯車がかみ合えば……。
「ということは、マルティンともまだ話したことないのか? 左サイドでいい感じに連携できてると思っていたんだが」
「もちろんです!」
胸を張って答える。ぼくはピッチ内外の区別がきちんとできる人間なのだ。
「そんな自信満々に答えることじゃねえよ……」
剛さんはあきれ顔でため息をつく。
「そろそろ英語にも慣れてきただろうし、いい加減、俺意外とも話してみたらどうだ?」
「うーん……」
正直、あまり気乗りがしない。簡単な会話くらいは何とか聞き取れるようになってきたが、少し早口で話されると途端に何を言っているか分からなくなる。それに、そもそも育ってきた文化圏が違いすぎて会話が盛り上がる気がしない。試合に勝ったわけでもないのに、ドレッシングルームで毎日謎の歌を合唱してる人たちはなんなんだ……。
あと、正直今は友達がいなくてもそこまで困ってはいないということもある。剛さんにはよくわからないと一蹴されたが、契約やインタビューなんかはリサさんが間に入ってくれるし、細かい練習内容は剛さんに聞けばいい。ピッチ上での指示は……ま、まあニュアンスで何とかなる。
しかし、剛さんはまるでぼくの考えを見透かすように追撃してくる。
「いいか、チーム内での存在感は意外と大事なんだぜ。仲間に頼りにされていて、精神的にもチームの支柱になれるような選手は監督もスタメンに選びやすい。逆に、チームメイトとのコミュニケーションが取れていないような選手は、どんなに上手くてもなかなか起用しにくい。せめてプレー中に周囲に声掛けくらいはできなきゃ話にならないぞ」
「うう……。そんなこと言われても……」
急に飛んできた正論の矢に貫かれて思わず涙目になるぼくを見て、剛さんは真面目な顔で考え込んだ。
「ちょっと荒療治が必要か……」
恐ろしい言葉が聞こえた気がする。
剛さんはしばらく逡巡したあと、大きく息を吐いた。
「よし分かった。今週末までにチームメイト3人以上と仲良くなれなければ、俺は今後一切お前と喋らない!」
「え、えええええ!」
想像をはるかに超える“荒療治”の内容に、ぼくは思わず勢いよく椅子から立ち上がった。再びカフェテリア中の視線が集まる。
「ひ、ひどい! 鬼! 鬼畜! ソース顔! リサさんに言いつけますよ!」
「うう、そ、それは……。い、いや! だめだ! これはお前のためなんだ! ワールドカップを目指すなら、これくらいやって見せろ!」
「ん? ワールドカップ?」
「あ、いや、何でもない。とにかく、そんなに難しくないから、やってみろって!」
剛さんは発言を撤回することはなさそうだ。にらみ合いに負けたぼくは、崩れ落ちるように椅子に収まる。
「大丈夫だって! こんなにチーム内に同い年の選手が集まってるのも珍しいんだぜ」
放心するぼくを見て、剛さんは慌ててフォローに入る。
「ショーンやマルティンはU-18から昇格してきたばかりだし、センターフォワードのパトリックも確か今年19になる世代だったはず……」
剛さんの言うように、ヒーツは比較的若いチームだ。おそらく同世代であろう選手は何人もいる。でも、そもそも同世代の友人すら数える程しかいないぼくにとっては年齢の近さなど大した助けにはならない。課されたミッションの難易度の高さに、ぼくは絶望する。
「孤独死……家庭内別居……遺産整理……空き家問題……」
「そ、それ関係あるか? まあ、とにかくやってみろって!」
しかし、剛さんと話せなくなることは、今後のチームでの居場所を考えても、絶対に避けなければならない。そういうわけで、胃の痛い一週間が始まったのだった。
「……ソース顔?」
――――――
「あたたた……」
ぼくはキリキリと痛む胃をさすりながら、クラブハウスの廊下を歩くふたりの後姿を見つめていた。締め付けられるような痛みに、思わず顔が強張る。
ここ数日観察したところによると、このふたり、マルティンとショーンはいつも行動を共にしている。剛さん曰くヒーツのユース出身らしいので、仲が良いのだろう。15cmほど身長差のあるふたりは肌の色こそ違うが、同じ黒髪で、仲の良い兄弟のように見える。逆に、もう一人の同級生であるパトリックは一人で行動していることが多い。
ぼくはひとまずマルティン・ショーンのコンビと仲良くなることを目指していた。いつもボディタッチとともに話しかけてくるジュリアーノを便宜上友人とすると(剛さんを頑張って丸め込めば問題ない)、あと2人と友人になることができればミッションクリアだ。話しかける回数が1回で済むという点で、なんとしてもこのふたりが一緒にいるときにアプローチしたい。
「やあ、友達になろうよ。やあ、友達になろうよ……」
口の中で練習しながら、二人の背中を凝視する。一昨日くらいから二人の後ろについて行って話しかける機会をうかがっているのだが、なかなかタイミングがつかめない。ある程度二人の機嫌が良く、なおかつ若干の沈黙が起こっている瞬間を狙うことができれば理想的なのだが、タイムリミットが明日に迫っていることを考えると、これ以上悠長にはしていられない。練習終わりの今が、最後のチャンスだ。
そんなことを考えていると、おもむろにショーンが足を止めた。
――チャンスだ
ぼくは、息を潜めて二人に近づいた。できれば、偶然通りかかった体で話しかけたい。追い抜き際に、「やあ、奇遇だね」的な……。
一歩一歩、足音を立てないようにチームカラーのカーペットを踏みしめる。そして、真後ろから、爽やかに話しかける。
「や、やあ。きご、奇遇だね。よ、よかったら、ともら、じゃない、友達になろうよ!」
そして、海外ドラマの上司の挨拶をイメージして軽くポンと肩を叩く。ショーンの反応は、ぼくの想像とは全く異なるものだった。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「うわぁぁぁ! な、なにぃ!?」
ショーンの突然の絶叫と、それに驚いたぼくの絶叫が重なる。
「わわ、だ、大丈夫?」
ショーンの体は魂が抜けたように崩れ落ち、後ろに倒れてきた。マルティンはひとり冷静に、ぼくに寄り掛かるショーンを支え床に寝かせる。そして、いつも通りの困ったような笑顔を見せた。
「や、やあフータ。びっくりしたよね。ちょうどクラブハウスにお化けが出るみたいな話をしていたから、驚いて気を失っちゃったみたい」
「お、お化け!? 出るの!?」
思わずそう訊き返すと、マルティンは慌てて首を振る。
「ま、まさか! いるわけないじゃない。僕の地元では路地裏によく死体が転がってたけど、お化けなんて一回もみたことないよ!」
「そ、そうなんだ……」
想定しない角度からの言葉に、思わず言葉に詰まる。広い廊下に、気まずい沈黙が広がった。
「と、とりあえずショーンを起こすね。頭とかは打ってないから大丈夫だと思うんだけど」
そう言って、緩いパーマがトレードマークの少年はショーンの頬を軽く叩いた。
「おーい、大丈夫?」
バチバチとハンバーグの空気を抜くような音がする。意外と強くぶってるな……。
「う……うう……、痛、あ痛。痛。ちょ、なに!? なんだ!?」
「あ、フータ! ショーンが起きたよ! 大丈夫みたい」
乱暴に起こされたショーンは、何が何だかわからないといった様子で周囲を見渡す。
「フータ? あれ? さっきまで一緒にいたのはマルティンだけだったよな?」
「あ、えっと、たまたま通りかかって……」
すると、マルティンは首をかしげた。
「あれ? フータ、一昨日くらいから後ろについて来てたよね? 何か用があるのかと思ってたけど……」
「!?」
思わずぼくは硬直した。ば、バレていたのか。ショーンもあっけにとられているようで、ぼくとマルティンを交互に見る。
「そ、そうだったのか? というか、何で言わなかったんだよ……」
「ご、ごめん。ショーンも気づいていたのかと思って」
ぼくより少し背の高い少年は、気持ちを落ち着けるように大きく息をつく。再び周囲を見て状況を確認すると、短く刈り込まれた茶髪を掻きながら怪訝そうに尋ねた。
「で、フータ……で合ってるよな? 俺たちに何の用だよ」
ショーンの目つきはどこか険しいような気がして、少し腰が引ける。しかし、剛さんが設定した期限は今日まで。なんとしても、今この二人と仲良くなる必要がある。
「そ、そうだ。ええっと、き、奇遇だね。よかったら、ぼくと友達になろうよ」
「き、奇遇?」
――決まった
ぼくは心の中でガッツポーズした。この数日何度もイメージトレーニングを重ねたおかげで、「友達になろう」という言葉はすらすらと口を衝いた。最初に若干嚙んでしまったのは、おそらく許容範囲。仲良くなるうえで支障はないだろう。
「……い、嫌だけど」
「い、嫌!?」
思いがけない拒否の言葉に、ぼくは一歩後ずさる。先程の気絶が尾を引いているのか、ショーンはその音にびくんと体を跳ねさせた。マルティンは心配そうにぼくとショーンの様子を見ている。
「あ、す、すまん。色々起こりすぎて少し混乱してるんだ。嫌っていうか、とりあえず明日昼飯でも3人で食べないか? まだ俺たち話したこともないわけだし……」
「あ、いや、今日じゃないと意味なくて……」
「ど、どういうことだ……?」
ショーンの顔は若干引き攣っている。
――な、なるほど。ファーストコンタクトは失敗か……。
思いがけない拒否。しかし、この不測の事態にも、ぼくは動じなかった。なぜなら、こんな時のための秘策も考えてきていたのだ。
友情と言えば、何だろうか。――そう、漫画だ。
日本が誇る友情の教本・漫画。友情とは何なのかを学ぶため、この1週間様々な漫画を読み漁った。練習で疲弊した体に鞭打って、夜を徹し漫画を読み漁る中で、つい昨日、ぼくは友情を育むのに最も有効な方法を見つけ出したのだ。
――編み出した一手、それは……。
「わかった、じゃあ、勝負しよう。ぼくが勝ったら友達になってよ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 一体何が起こってるんだ!?」
ショーンの絶叫が廊下に響いた。




