第46話「丸投げ発注と、要件定義(URS/RD)の迷宮」
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魔王領の歓楽街での接待が「コンプライアンス遵守の波」によって完全に失敗に終わってから数日。
魔王城の最上階、社長室(玉座の間)では、魔王ダイコクが怒りで自身のデスクを三つほど粉砕していた。
「ええい、忌々しい! 飛び込み営業もダメ、接待の席でも説教を食らうとは! サン・アンドの総督は、血の通った『昭和の義理人情』が全く通じん、冷血な機械のような男だ!」
ダイコクがエナジーポーションの空き瓶を壁に投げつけると、ギガ専務が陰湿な笑みを浮かべて進み出た。
「ダイコク社長。奴らが『ビジネスのルール』にこだわるのであれば、我々が『最も強い立場』を利用すればよいのです。
すなわち……『お客様(発注元)』という絶対的な神の座を」
「おお! なるほど!」ダイコクが手をポンと打つ。
「我が軍の巨大な資本力を背景に、サン・アンドに『絶対に不可能な無茶振り発注』を押し付けるのだな! 納期に間に合わなければ、莫大な違約金とともに奴らの自治領を我が軍の傘下(子会社)に吸収合併してやる! ガハハハ! これぞ王道の『下請けいじめ』よ!」
数時間後。サン・アンド自治領、ペントハウス。
「……ルーク殿。魔王軍から、巨大な巻物(発注書)が届きました」
アリスが、ルークのデスクにズシンッと重い羊皮紙の束を置いた。
ルークが嫌々ながらそれに目を通すと、そこには筆ペン(のようなもの)で、豪快かつ極めて雑な文字が殴り書きされていた。
『発注書:我が魔王軍十万のための「最高に強くてカッコいい魔法剣」を十万本。納期は今週末(三日後)ついでに、納品記念式典でワシが押すための「ド派手で巨大な完成スイッチ」も用意しておくこと。仕様はそっちで「いい感じ」に考えておけ。
気合と根性で作れ! 以上!』
ルークは静かに巻物を丸め、深く、深いため息をついた。
「……出た。昭和の『丸投げ発注』だ」
「ル、ルーク様! 三日で十万本の魔法剣など、我が国のドワーフ機工団が不眠不休で働いても不可能です! 明らかな嫌がらせ(無理難題)です!」
ザックが顔を真っ青にして叫ぶ。
「しかも『最高に強くてカッコいい』などという、極めて主観的で曖昧な要求……! これがかりに完成しても、絶対に『イメージと違う』と難癖をつけられ、違約金を請求される罠です!」
アリスも怒りに震えながら聖剣の柄を握る。
しかし、ルークの表情は驚くほど冷徹で、落ち着き払っていた。
彼は手元のコーヒーカップを置き、眼鏡を中指でクイッと押し上げた。
「アリス、ザック。慌てるな。これはピンチではない。……プロジェクト管理において、最も恐ろしいのは『技術的な困難』ではない。発注元と受注者の『認識のズレ』だ」
ルークは引き出しから、分厚い白紙のバインダーを数冊取り出した。
「相手が『仕様はいい感じに考えておけ』と丸投げしてきたということは、こちらは製造に入る前に、徹底的な『要件定義』と『バリデーション(妥当性確認)』を行う正当な権利(義務)が生じるということだ」
ルークの瞳に、かつてないほどの理詰め(論破)の光が宿る。
「ザック。今すぐ魔王城に飛び、ダイコク社長にこの書類の山を叩きつけてこい。……奴らがこれに全て回答し、署名するまで、我々は魔法剣の設計図一本、巨大スイッチのネジ一本たりとも動かすことはできないとな」
翌日の午後。魔王城の会議室。
ダイコクとギガ専務は、目の前に積み上げられた「自らの身長を超えるほどの書類の山」を前に、泡を吹いて倒れそうになっていた。
「な……なんだこの膨大な紙切れはァッ!! ワシは三日後に剣とスイッチを持ってこいと言ったんだぞ!! なぜ一本も届かず、紙の束だけが送られてくるんだ!!」
会議室の反対側に座るザックとアリスが、氷のように冷たいビジネススマイルで答えた。
「申し訳ありません、ダイコク社長。当自治領は『コンプライアンスと品質保証』を絶対の理念としております。お客様の曖昧な要求(丸投げ)のまま製造を開始することは、重大な重大な契約違反に繋がりかねません」
ザックが一番上の分厚いファイルをドンッと叩く。
「まず、ルーク総督からのご質問です。発注書にある『最高に強くてカッコいい』という要求ですが、これを明確化するために、ユーザー要求仕様書(URS)と要件定義書(RD)の整合性を取る必要があります。
社長の仰る『強さ』の定義は、引張強度何ニュートンですか? また『カッコよさ』の定量的評価基準(KPI)を、付属のアンケート用紙100枚に記入してご提出ください」
「きゅ、きゅうーぴー……なんじゃと!?」
ダイコクの顔が引きつる。
「さらに!」アリスが別のファイルを突きつける。
「納品式典で使用されるという『巨大な完成スイッチ』の設備導入についてです。当方は適当なものを納品するわけにはいきません。一般的なプロセスに則り、まずは設計適格性評価(DQ)を実施します。その後、魔王城への据付適格性評価(IQ)、および実際に社長がスイッチを叩いた際の運転適格性評価(OQ)、最終的な稼働性能適格性評価(PQ)を順次クリアする必要があります」
「でぃーきゅー!? あいきゅー!? なんだその呪文は!! ワシはただ、式典で『ポチッ』とド派手に押すデカいボタンが欲しいだけなんだよォ!!」
ダイコクが頭を抱えて絶叫する。
「巨大スイッチの設置場所の耐荷重データは? 電圧のレギュレーションは? 施工を担当するゼネコンとの調整会議(毎週火・木曜日の午前中)には、ダイコク社長ご自身に出席していただきます。これらが全てクリア(承認)されなければ、我々は製造ラインを『1ミリも』動かすことはできません!」
ザックが容赦なく言葉の矢を放つ。
「あ、あばばばば……」
昭和の猛烈魔王は、現代の緻密すぎるプロジェクトマネジメントと品質保証の壁の前に、完全に思考回路が焼き切れていた。
「……ギガ専務! ど、どういうことだ! この書類にハンコを押さねば、奴らは剣を作らんというのか!」
「そ、そのようです社長……。しかし、この『要件定義書(RD)』なるもの……専門的すぎて、我々には何が書かれているのかサッパリ理解できません! これを我々側で埋めるには、半年は徹夜で会議をする必要があります!」
「は、半年だとォ!? 三日後の納期はどうなる!!」
ダイコクが吠えるが、ザックが冷酷に言い放った。
「納期の遅れは、URS(ユーザー要求仕様書)を提出できない『発注元(魔王軍)の責任』となります。当自治領に違約金の支払い義務は一切発生しません。……さて、第一回・要件定義のすり合わせ会議を始めましょうか。本日は夜通し(オールナイト)でお付き合いいただきますよ」
ザックとアリスが、かつて魔王軍にやられた「長時間労働の苦痛」を、今度は「絶対に終わらない不毛な仕様詰め会議」という形で、合法的に叩き返した瞬間だった。
その頃、サン・アンド自治領のペントハウス。
ルークは安眠チェアに深く座り、静かなクラシック音楽(魔導蓄音機)を聴きながら、優雅に午後のティータイムを満喫していた。
「発注元の『仕様の丸投げ』ほど、プロジェクトの進行を永遠に遅延させる魔法はない。奴らがDQ、IQ、OQ、PQの概念を理解し、巨大スイッチの仕様を確定させる頃には……私はとっくに定年退職しているだろうな」
事なかれ主義の総督は、現代のプロジェクト・エンジニアが最も恐れる「要件定義の泥沼」へと魔王軍を突き落とし、剣を一本も打つことなく、無茶振り発注を完封(無期限の保留)することに成功したのであった。
魔王ダイコクが「仕様書」という名の分厚い羊皮紙に埋もれながら、「お客様は神様じゃないのかァァッ!!」と血の涙を流して叫ぶ声が、遠く北の空から微かに聞こえたような気がした。
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