表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

47/112

第46話「丸投げ発注と、要件定義(URS/RD)の迷宮」

毎日17時に更新します,

完結まで、継続いたしますので、最後に【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして、毎日追って頂けたら幸いです。



魔王領の歓楽街での接待が「コンプライアンス遵守の波」によって完全に失敗に終わってから数日。


魔王城の最上階、社長室(玉座の間)では、魔王ダイコクが怒りで自身のデスクを三つほど粉砕していた。


「ええい、忌々しい! 飛び込み営業もダメ、接待の席でも説教を食らうとは! サン・アンドの総督は、血の通った『昭和の義理人情』が全く通じん、冷血な機械のような男だ!」


ダイコクがエナジーポーションの空き瓶を壁に投げつけると、ギガ専務が陰湿な笑みを浮かべて進み出た。


「ダイコク社長。奴らが『ビジネスのルール』にこだわるのであれば、我々が『最も強い立場ポジション』を利用すればよいのです。



すなわち……『お客様(発注元)』という絶対的な神の座を」


「おお! なるほど!」ダイコクが手をポンと打つ。

「我が軍の巨大な資本力を背景に、サン・アンドに『絶対に不可能な無茶振り発注』を押し付けるのだな! 納期に間に合わなければ、莫大な違約金とともに奴らの自治領を我が軍の傘下(子会社)に吸収合併してやる! ガハハハ! これぞ王道の『下請けいじめ』よ!」


数時間後。サン・アンド自治領、ペントハウス。


「……ルーク殿。魔王軍から、巨大な巻物(発注書)が届きました」


アリスが、ルークのデスクにズシンッと重い羊皮紙の束を置いた。


ルークが嫌々ながらそれに目を通すと、そこには筆ペン(のようなもの)で、豪快かつ極めて雑な文字が殴り書きされていた。


『発注書:我が魔王軍十万のための「最高に強くてカッコいい魔法剣」を十万本。納期は今週末(三日後)ついでに、納品記念式典でワシが押すための「ド派手で巨大な完成スイッチ」も用意しておくこと。仕様はそっちで「いい感じ」に考えておけ。

気合と根性で作れ! 以上!』


ルークは静かに巻物を丸め、深く、深いため息をついた。



「……出た。昭和の『丸投げ発注』だ」



「ル、ルーク様! 三日で十万本の魔法剣など、我が国のドワーフ機工団が不眠不休で働いても不可能です! 明らかな嫌がらせ(無理難題)です!」


ザックが顔を真っ青にして叫ぶ。


「しかも『最高に強くてカッコいい』などという、極めて主観的で曖昧な要求……! これがかりに完成しても、絶対に『イメージと違う』と難癖をつけられ、違約金を請求される罠です!」



アリスも怒りに震えながら聖剣の柄を握る。


しかし、ルークの表情は驚くほど冷徹で、落ち着き払っていた。

彼は手元のコーヒーカップを置き、眼鏡を中指でクイッと押し上げた。


「アリス、ザック。慌てるな。これはピンチではない。……プロジェクト管理において、最も恐ろしいのは『技術的な困難』ではない。発注元と受注者の『認識のズレ』だ」


ルークは引き出しから、分厚い白紙のバインダーを数冊取り出した。


「相手が『仕様はいい感じに考えておけ』と丸投げしてきたということは、こちらは製造に入る前に、徹底的な『要件定義』と『バリデーション(妥当性確認)』を行う正当な権利(義務)が生じるということだ」


ルークの瞳に、かつてないほどの理詰め(論破)の光が宿る。


「ザック。今すぐ魔王城に飛び、ダイコク社長にこの書類の山を叩きつけてこい。……奴らがこれに全て回答し、署名するまで、我々は魔法剣の設計図一本、巨大スイッチのネジ一本たりとも動かすことはできないとな」


翌日の午後。魔王城の会議室。

ダイコクとギガ専務は、目の前に積み上げられた「自らの身長を超えるほどの書類の山」を前に、泡を吹いて倒れそうになっていた。


「な……なんだこの膨大な紙切れはァッ!! ワシは三日後に剣とスイッチを持ってこいと言ったんだぞ!! なぜ一本も届かず、紙の束だけが送られてくるんだ!!」


会議室の反対側に座るザックとアリスが、氷のように冷たいビジネススマイルで答えた。


「申し訳ありません、ダイコク社長。当自治領は『コンプライアンスと品質保証』を絶対の理念としております。お客様の曖昧な要求(丸投げ)のまま製造を開始することは、重大な重大な契約違反に繋がりかねません」


ザックが一番上の分厚いファイルをドンッと叩く。

「まず、ルーク総督からのご質問です。発注書にある『最高に強くてカッコいい』という要求ですが、これを明確化するために、ユーザー要求仕様書(URS)と要件定義書(RD)の整合性を取る必要があります。


社長の仰る『強さ』の定義は、引張強度何ニュートンですか? また『カッコよさ』の定量的評価基準(KPI)を、付属のアンケート用紙100枚に記入してご提出ください」


「きゅ、きゅうーぴー……なんじゃと!?」

ダイコクの顔が引きつる。


「さらに!」アリスが別のファイルを突きつける。

「納品式典で使用されるという『巨大な完成スイッチ』の設備導入についてです。当方は適当なものを納品するわけにはいきません。一般的なプロセスに則り、まずは設計適格性評価(DQ)を実施します。その後、魔王城への据付適格性評価(IQ)、および実際に社長がスイッチを叩いた際の運転適格性評価(OQ)、最終的な稼働性能適格性評価(PQ)を順次クリアする必要があります」


「でぃーきゅー!? あいきゅー!? なんだその呪文は!! ワシはただ、式典で『ポチッ』とド派手に押すデカいボタンが欲しいだけなんだよォ!!」

ダイコクが頭を抱えて絶叫する。


「巨大スイッチの設置場所の耐荷重データは? 電圧のレギュレーションは? 施工を担当するゼネコンとの調整会議(毎週火・木曜日の午前中)には、ダイコク社長ご自身に出席していただきます。これらが全てクリア(承認)されなければ、我々は製造ラインを『1ミリも』動かすことはできません!」

ザックが容赦なく言葉の矢を放つ。


「あ、あばばばば……」

昭和の猛烈魔王は、現代の緻密すぎるプロジェクトマネジメントと品質保証バリデーションの壁の前に、完全に思考回路が焼き切れていた。


「……ギガ専務! ど、どういうことだ! この書類にハンコを押さねば、奴らは剣を作らんというのか!」

「そ、そのようです社長……。しかし、この『要件定義書(RD)』なるもの……専門的すぎて、我々には何が書かれているのかサッパリ理解できません! これを我々側で埋めるには、半年は徹夜で会議をする必要があります!」


「は、半年だとォ!? 三日後の納期はどうなる!!」

ダイコクが吠えるが、ザックが冷酷に言い放った。


「納期の遅れは、URS(ユーザー要求仕様書)を提出できない『発注元(魔王軍)の責任』となります。当自治領に違約金の支払い義務は一切発生しません。……さて、第一回・要件定義のすり合わせ会議を始めましょうか。本日は夜通し(オールナイト)でお付き合いいただきますよ」


ザックとアリスが、かつて魔王軍にやられた「長時間労働の苦痛」を、今度は「絶対に終わらない不毛な仕様詰め会議」という形で、合法的に叩き返した瞬間だった。


その頃、サン・アンド自治領のペントハウス。

ルークは安眠チェアに深く座り、静かなクラシック音楽(魔導蓄音機)を聴きながら、優雅に午後のティータイムを満喫していた。


「発注元の『仕様の丸投げ』ほど、プロジェクトの進行を永遠に遅延させる魔法はない。奴らがDQ、IQ、OQ、PQの概念を理解し、巨大スイッチの仕様を確定させる頃には……私はとっくに定年退職しているだろうな」


事なかれ主義の総督は、現代のプロジェクト・エンジニアが最も恐れる「要件定義の泥沼」へと魔王軍を突き落とし、剣を一本も打つことなく、無茶振り発注を完封(無期限の保留)することに成功したのであった。


魔王ダイコクが「仕様書」という名の分厚い羊皮紙に埋もれながら、「お客様は神様じゃないのかァァッ!!」と血の涙を流して叫ぶ声が、遠く北の空から微かに聞こえたような気がした。

最後までお読みいただきありがとうございます。


もし「日本では当たり前になりつつ倫理観で無双するのも面白いな」「憧れのホワイト経営の先が気になる」と少しでも思っていただけたら、下の【☆☆☆☆☆】から評価や、ブックマークをいただけると大変励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ