第47話「外資系(?)コンサルの襲来と、競業避止義務の罠」
ルークをかつてない窮地に追い込まれます
魔王城の最上階。
ダイコク社長は、山積みにされた要件定義書(RD)と各種適格性評価(DQ/IQ/OQ/PQ)の書類を前に、ついに白目を剥いて完全に沈黙していた。
「……ダメだ。文字が多すぎる。気合で読もうとしたが、三行で眠くなる。ギガ専務、もうこれは『我が軍の負け』でよいのではないか……」
昭和の猛烈魔王が、ペーパーワークの暴力の前に完全に心を折られかけたその時。
執務室の重厚な扉をノックもせずに開き、一人の男が静かに入ってきた。
「社長。やはり、気合と根性(精神論)だけで現代のシステムを破壊することは不可能です。戦術のパラダイムシフトが必要ですね」
銀色の長髪を後ろで束ね、スリーピースの細身のスーツを着こなす、氷のように冷たい美貌の魔族。
彼こそが、魔王軍が巨額の報酬で外部から招聘した『外資系(異大陸系)戦略コンサルタント』、ヴリトラであった。
「おお、ヴリトラ先生! 高いコンサル料を払っとるんだ、この絶望的な状況を打破する『魔法』を出してくれ!」
ダイコクが縋るように叫ぶ。
ヴリトラは冷ややかに眼鏡のブリッジを押し上げた。
「魔法などという非論理的なものは使いません。相手が『ルール(法律やコンプライアンス)』を武器にしてくるのであれば、こちらも『より上位のルール』をもって、奴らの首を真綿で絞めるまでです」
ヴリトラは、手元のタブレット(魔王軍に導入させた最新機器)を操作し、空中に一枚の書類を投影した。
「ターゲットであるルーク総督は、事なかれ主義の極み。しかし、彼の最大の弱点は、彼自身が構築した『完璧なホワイト雇用システム』そのものにあります」
「どういうことだ?」
「先日、我が軍の幹部(四天王の三名)がサン・アンドに引き抜かれましたね。私はこれを逆手に取ります。彼らが我が軍に所属していた際に結ばせた『秘密保持契約(NDA)』および『競業避止義務(退職後一定期間、同業他社で働いてはならないという規定)』違反を理由に、国際通商ギルドを通じ、サン・アンド自治領に対し天文学的な額の『損害賠償と資産凍結の仮処分』を申請しました」
ダイコクとギガ専務が息を呑む。
「相手が要件定義で時間を稼ぐなら、こちらは法的手続きで『奴らの銀行口座(ガチャの宝物庫)』と『物流網』を即座に物理的・合法的にロックします。資産が凍結されれば、給与の支払いが滞り、完璧なホワイト企業は内部から崩壊する。……これは感情論ではなく、純粋な『論理』による兵糧攻めです」
ヴリトラの口元に、冷酷で知的な笑みが浮かんだ。
同日、午後。サン・アンド自治領、ペントハウス。
「……ルーク殿。大変なことになりました」
普段は強気なアリスが、青ざめた顔で一枚の公文書をルークのデスクに置いた。
「どうした。またダイコク社長からポエムが届いたのか?」
ルークは安眠チェアでくつろぎながら、のんびりと書類を受け取った。しかし、その文面を見た瞬間、ルークの表情から一切の余裕が消え去った。
「なんだ、これは……!?」
ルークは椅子から跳ね起きた。
『国際通商ギルド調停委員会からの通達:サン・アンド自治領の総資産凍結、および一切の貿易取引の一時停止命令。理由:魔王領からの不当な人材引き抜きと、重大な営業秘密保護法違反の疑いによる』
「ルーク様! たった今、我々の地下金庫に国際ギルドの『封印魔法』が掛けられました! さらに、東の街道を通る予定だったコーヒー豆の輸入馬車も、国境で差し止めを食らっています!」
ザックが悲鳴を上げながら執務室に飛び込んできた。
「私の……コーヒー豆が、止められただと……!?」
ルークの声が低く震えた。それは、彼が最も恐れる「日常の平穏(ぬるま湯)の破壊」を意味していた。
ルークは手元の公文書を食い入るように読み込んだ。
(……完璧だ。引き抜いた四天王の過去の契約の『抜け穴』を正確に突き、国際法に照らし合わせて一切の隙なく論理武装されている。ダイコクのような昭和の脳筋オッサンに書ける代物じゃない。敵陣に、極めて知能の高い『プロの法務コンサルタント』がいる……!)
ルークは背筋に冷たい汗を感じた。
飛び込み営業や無茶振り発注なら、のらりくらりと躱すことができる。しかし、この「法的な資産凍結」は、ルーク自身が尊重している「ルール」を完全にハックした攻撃だ。
これに対応できなければ、本当に街の機能が停止し、暴動が起き、ルークは責任を問われて首が飛ぶ。
「アリス、ザック。これは今までの茶番とは違う。サン・アンド建国以来、最大の『危機』だ」
ルークはネクタイを外し、シャツの袖をまくり上げた。事なかれ主義のおっさんが、ついに本気で「残業」を覚悟した瞬間だった。
「ルーク殿……! どうされるおつもりですか! 武力で国際ギルドの封印を破りますか!?」
アリスが聖剣に手をかけるが、ルークは首を振った。
「そんなことをすれば、相手の思う壺だ。相手が『極めて高い論理性』で挑んできたなら、こちらはそれを上回る『論理的思考』で相手の主張を粉砕するしかない」
ルークはホワイトボードの前に立ち、マーカーを握った。
「ザック。今すぐ元・四天王の三人をここに呼べ。彼らの過去の契約書を一言一句、徹底的に洗い直す。相手は『競業避止義務』を主張しているが、職業選択の自由と照らし合わせ、その契約範囲の妥当性を崩す『事象分析』を行うぞ」
ルークの瞳に、かつて前世で大規模プロジェクトの炎上を鎮火させてきた、凄腕のプロジェクト・エンジニアとしての冷徹な光が宿っていた。
「いいか。相手のコンサルタントは確かに賢い。だが、現場を本当に知っているのは、構築したこの私だ。……奴の完璧な論理の『綻び』を、徹夜してでも見つけ出す!」
昭和の魔王と令和の総督の戦いは、突如として現れた冷酷なコンサルタントによって、高度な「法廷・論理バトル」へとステージを移行したのだった。




