第44話「受付DXと、終わらない『同意する』の壁」
「ピンポーン! ピンポーン! ピンポーン!」
「あ、すんません! 魔王領から来ました! 名刺だけでも! 粗品のタオルだけでも受け取ってください!」
サン・アンド自治領を囲む防壁。そこに設置された数千の魔法インターホンは、魔王軍10万の「営業マン(非武装の魔族たち)」によって、朝から狂ったように鳴らされ続けていた。
タワーマンション最上階のペントハウスでは、ルークが頭を抱えて安眠チェアの上で転げ回っていた。
「うるさい……! 防音結界を最大にしても、通信サーバー経由のアラート音が鳴り止まない! これでは昼寝どころか、静かにコーヒーを飲むことすらできない!」
アリスが聖剣を抜いてルークの前に膝をついた。
「総督! もはや一刻の猶予もありません! 私がCEO権限で、あのやかましい訪問販売員どもを『物理的にクーリングオフ』してまいります!」
「待てアリス。相手は武器を持たず、笑顔で名刺を差し出しているんだ。それを斬り捨てれば、当自治領は『礼儀正しい営業マンを虐殺する野蛮な国』として炎上し、ブランド価値が暴落する。それこそが魔王ダイコクの狙いだ」
ルークは血走った目で立ち上がり、ネクタイ(スカーフ)をキツく締め直した。
「相手がビジネスのルールで来るなら、こちらも現代ビジネスの『最強の盾』で迎え撃つまでだ」
「最強の盾……?」
ザックが首を傾げる。
ルークはガチャアイテムが積まれた地下倉庫から引っ張り出してきた【SR:無人受付ゲート&コンプライアンス研修セット】の起動ボタンをターンッ! と力強く叩いた。
「時代は『受付DX』だ。あのアナログな昭和の営業マンたちに、2025年の『入館手続きの地獄』を味わわせてやる」
その瞬間、サン・アンドの巨大な防壁の前に、突如として何千もの「近代的なガラス張りのセキュリティゲート」が地中からせり出した。
各ゲートの前には、ツルツルとした薄い板――『タブレット型無人受付端末』が設置されている。
突如現れたピカピカのゲートに、名刺を持ったゴブリン営業マンが戸惑いながら近づいた。
すると、タブレットの画面が明るくなり、AI受付嬢の涼やかな合成音声が響いた。
『ご来訪ありがとうございます。サン・アンド総督府へのアポなしでの新規営業ですね。入館手続きを開始します。まずは、画面に表示される「個人情報の取り扱いに関する同意書(全40ページ)」をお読みいただき、最下部の「同意する」にチェックを入れてください』
「こ、こじんじょうほう? なんだこのツルツルした板は! 俺はただ、名刺を置いて総督に挨拶したいだけなんだが!」
ゴブリンが分厚い指で画面をバンバンと叩く。
『エラー。スクロールが不十分です。規約を最後までお読みいただかないと「同意する」ボタンはアクティブになりません』
「す、すくろーる!? なんだそれは! 紙はないのか、紙は! 判子を押す場所はどこだ!」
昭和の「足で稼ぐ」ことしか知らない猛烈魔族たちにとって、フリック入力やスクロールといったタブレット操作は、未知の高度魔法に等しかった。
彼らは画面を力任せに叩き、スワイプの代わりに爪で引っ掻き、一向に規約を読み進めることができない。
さらに、奇跡的に「同意する」を押せた少数のオーク営業マンに対しても、AI受付嬢は容赦のない追撃を放った。
『ありがとうございます。続きまして、「反社会的勢力排除に関する誓約書」への電子署名をお願いします。……該当なし、と。次に、お持ちの「粗品」についてですが、当自治領の「贈収賄防止規定」に基づき、1000鉄貨以上の物品の受領は固く禁じられております。粗品の製造原価、流通経路、および利益相反の有無を証明する「物品内容証明書(全15項目)」の入力画面へ遷移します』
「そ、そんなどうでもいいタオルの原価なんて知るかァッ!! いいから受け取れよ! 俺の誠意(汗と涙)なんだよォ!」
オークが絶叫するが、無機質なゲートは冷たく閉ざされたままだ。
『エラー。必須項目が未入力です。なお、入館審査の待機時間を利用して、来訪者向けの「現代におけるハラスメント防止とダイバーシティ理解に関するビデオ研修(約2時間)」の視聴が必須となっております。こちらのURLから動画を再生してください。スキップはできません』
「びでおけんしゅう!? 俺たちは営業に来たんだぞ!! なんで炎天下の中で、動く絵画(動画)を二時間も立ち見しなきゃならねえんだ!!」
サン・アンドの防壁前は、阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
剣も魔法も使われていない。ただ、「終わらない入力作業」と「意味不明なカタカナビジネス用語(コンプライアンス、ダイバーシティ、利益相反)」の奔流が、昭和の熱血営業マンたちの精神をゴリゴリと削り取っていた。
名刺入れを握りしめたまま、入力エラーに泣き崩れるゴブリン。
動画研修の途中で「確認テスト(全50問)」に不合格となり、最初から視聴をやり直させられて泡を吹いて倒れるオーク。
「ル、ルーク殿……」
タワーの上からその光景を見下ろしていたアリスが、ドン引きしたような声を出した。
「あれほど狂信的だった魔王軍が、ただの一歩も中に入れず、一枚の薄い板の前で次々と崩れ落ちていきます……。血を一滴も流さず、敵の心を完全にへし折るとは……恐るべき策……!」
「これが『ガバナンス(企業統治)』の力だよ」
ルークは静かにコーヒーをすすった。
一方、その惨状を遠く離れた本陣のテントから双眼鏡で見ていた魔王ダイコクは、血圧を限界まで跳ね上げていた。
「なぜだ!! なぜ名刺を置いて挨拶するだけで、あんなに時間がかかっとるんだ!! 根性が足りん!! 飛び込み営業とは、気合でドアをこじ開けるものだろうが!!」
ダイコクが机を叩いて吠える。
ギガ専務が冷や汗を流しながら報告書を読み上げた。
「だ、ダイコク社長! 敵は『こんぷらいあんす』という名目で、我々に膨大なペーパーワークと入力作業を強要しております! スマホ世代(現代人)ではない我々の部隊は、あのツルツルした画面の操作に全くついていけず、システムから『門前払い(タイムアウト)』を食らい続けており……!」
「ええい、軟弱な!! 機械ごときに手こずりおって!」
ダイコクは手元のエナジーポーションを握り潰し、ギリッと奥歯を鳴らした。
「相手が小賢しい『システム』で来るというなら、こちらも意地を見せてやる! ギガ専務! 第二陣の準備だ!」
「社長! 次はどのような手を……!?」
ダイコクの顔に、昭和の猛烈サラリーマン特有の、狂気じみた笑みが浮かんだ。
「飛び込みがダメなら、次は『接待』だ! 奴らの幹部を直接懐柔し、酒と涙と情でシステムごと腐らせてやる! サン・アンドの総督に『極秘の会食(接待ゴルフとキャバクラのコンボ)』の招待状を叩きつけろ!!」
ダイコクの昭和な発想は、AIの壁を越えるため、ついに異世界に「接待交際」という名の新たな毒をばら撒こうとしていた。




