第43話「昭和の逆襲と、恐怖の10万規模『飛び込み営業』」
北の果て、魔王領の中枢たる『魔王城(という名の巨大な要塞オフィス)』
深夜だというのに、城内の蛍光灯はチカチカと不健康な瞬きを繰り返し、怒号とタイプライターの音が絶え間なく響き渡っていた。
「……申し訳、ありませんッ!! サン・アンドの防衛網を突破できず……我が先鋒部隊は、撤退を余儀なくされました!!」
巨大なマホガニー調の重役机の前で、額から血を流した営業部長(先鋒部隊の将軍)が、床に額を擦り付けて猛烈な土下座をキメていた。
机の奥で腕を組んでいた魔王ダイコクは、オールバックの髪をかきむしり、手元のガラス製灰皿を床に叩きつけた。ガシャァン! とけたたましい音が響く。
「馬鹿モンがァッ!! 我が魔王軍の辞書に『撤退』の二文字はない! 根性が足りんのだ根性が! で、敵の総兵力はいくらだった!? どんな強力な魔法陣を展開してきたんだ!」
営業部長は涙声で答えた。
「そ、それが……敵の兵士は一人も戦場に出てきませんでした! 全員『てれわーく(遠隔操作)』という卑怯な手段で、寝巻き姿でコーヒーを飲みながら、機械のゴーレムを操作してきたのです! おまけに……我々の血と汗の結晶である降伏勧告ポエムを、わずか数秒で『えーあい』なる魔導器に要約させ、冷酷な定型文で突き返してきおって……!」
「……なん、だと?」
ダイコクの顔の筋肉がピクピクと引きつった。
「顔も合わせず、直接言葉も交わさず、機械越しに戦うだと……? ふざけるなァ!!」
ダイコクは立ち上がり、机を真っ二つに叩き割った。
「戦い(ビジネス)の基本は『対面』だろうが! 相手の目を見て、熱意と汗をぶつけ合い、時には飲み明かして(物理的に殴り合って)こそ、真の合意形成(勝利)が生まれるんだ! それを、パジャマ姿で画面越しだと!? なめやがって……最近の若い国は、血の通った『コミュニケーション』というものを忘れとる!!」
昭和のモーレツ営業マンとして高度経済成長期を生き抜いたダイコクにとって、ルークの「超・合理的なリモート防衛」は、単なる敗北以上の屈辱だった。それは彼が信奉する「気合と汗の美学」に対する、完全な否定である。
「ダイコク社長(魔王様)お怒りはごもっともです」
部屋の隅の暗がりから、一人の男が進み出た。
魔王軍の最高幹部にして、かつての四天王の最後の生き残り
(他の三人はルークのホワイト待遇に釣られて転職済み)
『専務魔将』の異名を持つ、嫌味な細眼鏡の男・ギガだ。
「サン・アンドの連中は、システムと効率化に溺れた青二才のITベンチャーのようなもの。泥臭い『人間関係の構築』から逃げているのです。ならば……我々の圧倒的な『熱量』で、奴らのシステムをパンクさせてやりましょう」
「おお、ギガ専務! 何かいい案があるのか!」
ギガは眼鏡をクイッと押し上げた。
「奴らがリモートで引きこもっているなら、こちらから直接、奴らの本陣の玄関先まで押しかければよいのです。一切の事前アポなしで。……そう、古き良き『飛び込み営業(物理的な波状攻撃)』です」
ダイコクの目が、ギラリと猛禽類のように輝いた。
「……なるほど。相手の懐に直接飛び込み、熱意(という名の圧力)で門を開けさせるわけだな! ガハハハ! 気に入った!!」
ダイコクは新たなエナジーポーションをラッパ飲みすると、全軍に向けて大音声で号令を下した。
「聞けェ、我が魔王軍の精鋭たちよ! これよりサン・アンドに対し、総力戦を挑む! 武器は不要だ! 代わりに、各自『名刺』と『手土産(粗品)』を持て! 10万の軍勢で、奴らの本陣にアポなしの飛び込み営業をかけるぞ! 門を叩き、インターホンを鳴らし続けろ! 奴らが音を上げて『対面』に応じるまで、絶対に帰るな!!」
「「「ウオォォォォ!! 24時間戦えます!!」」」
深夜の魔王城に、狂気に満ちた社歌が響き渡った。
翌朝。サン・アンド自治領、タワーマンション最上階。
「……ふぁあ」
ルークは安眠チェアで心地よい目覚めを迎え、全自動コーヒーメーカー(ガチャ産)が淹れたブルーマウンテンNo.1の香りを深く吸い込んだ。
「素晴らしい朝だ。昨夜の敵はAIとドローンが完璧に処理してくれたし、今日は一日、溜まった経費の領収書をシュレッダーにかけるだけの気楽な……」
「ル、ルーク総督ゥゥゥ!! 大変です!!」
ザックが、かつてないほど顔を真っ青にして飛び込んできた。その後ろから、アリスも震えながら続く。
「どうした。また魔王軍か? ドローン防衛網を再起動させれば……」
「防衛網が……機能しません! 奴ら、攻撃してこないんです!!」
アリスが叫びながら、モニターのスイッチを入れた。
モニターに映し出されたのは、サン・アンドの巨大な防壁の前に広がる、信じられない光景だった。
地平線を埋め尽くすほどの、10万の魔王軍。
しかし彼らは、剣も魔法も構えていない。全員が黒っぽい粗末なスーツ(のような鎧)を着て、右手に分厚い「名刺入れ」、左手に「粗品のタオル(魔王軍のロゴ入り)」を持ち、防壁のインターホン(魔法通信機)の前に長蛇の列を作っていたのだ。
『ピンポーン。あ、お忙しいところ恐れ入ります! 魔王領から参りました、第一営業部のゴブリンと申します! 本日は総督様に、素晴らしいご提案がありまして……』
『ピンポーン! 新規開拓担当のオークです! ご挨拶だけでも! 名刺だけでも置いていかせてください!』
『ピンポーン! ピンポーン! ピンポーン!』
防壁に設置された数千のインターホンが、休むことなく鳴り響き続けている。
ドローンが警告を発しても、彼らは「あ、ドローンさんお疲れ様です! これ、つまらないものですが!」と粗品を差し出してくるだけで、一切の敵対行動(攻撃)を行わない。
攻撃システムであるAIは、「敵意のない非武装の来訪者」を自動迎撃することができず、エラーを吐き出してフリーズしてしまっていた。
「な……なんだ、このおぞましい光景は……!」
ルークはコーヒーをこぼしそうになった。
「ルーク殿! 奴ら、10万人で一斉に『アポなし訪問』をかけてきています! インターホンの通知が鳴り止まず、総督府の通信回線がパンク寸前です!」
ザックが頭を抱えて悲鳴を上げる。
ルークは戦慄した。
(最悪だ……! 武力によるDDoS攻撃じゃない。10万人の営業マンによる、物理的な『アナログDDoS攻撃』だ!!)
相手に悪意(攻撃魔法)がない以上、こちらから一方的に虐殺すれば、サン・アンドの「平和でホワイトな自治領」というブランドが崩壊し、国際的な非難を浴びることになる。
しかし、このまま放置すれば、通信網は麻痺し、領民たちは鳴り止まないインターホンのノイローゼで倒れてしまう。
「魔王ダイコク……。私が最も嫌う『無駄な対面コミュニケーション』を、物量作戦で押し付けてくるとは……! なんという陰湿で、前時代的な嫌がらせだ……ッ!!」
ルークはギリッと奥歯を噛み締めた。
リモートワークとAIの壁を突破する、最も原始的で最も厄介な昭和の戦術「10万人のアポなし飛び込み営業」。
事なかれ主義の総督は、自らの安眠と通信インフラを守るため、ついに「対面」での対応を余儀なくされる最大のピンチを迎えたのだった。
最後までお読みいただきありがとうございます。
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