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第41話「M&Aの失敗と、24時間戦う男の影」

サン・アンド自治領の総督府、タワーマンション最上階。

絶対安眠チェアの魔導空調を効かせ、ルークが極上の昼寝を楽しんでいた平穏な午後は、ズタボロになった二人の側近の帰還によって破られた。


「……ル、ルーク総督……。申し訳、ありません……!」


バタン!と執務室の扉が開き、床に倒れ込んだのはアリスとザックだった。

常に輝く白銀の鎧をまとっていたアリスは煤にまみれ、狂犬のように元気だったザックは目の下に限界まで濃いクマを作り、ゲッソリと頬をこけさせている。


「おい、どうした!? 怪我か!? 癒やしのポーションを……!」

ルークは慌てて安眠チェアから跳ね起きた。彼らがこれほどまでに消耗した姿を見るのは初めてだ。


「い、いえ……外傷は、ありません……。ただ、激しい『疲労』と『精神的ダメージ』が……」

ザックが焦点の合わない目でうわ言のように呟く。


「ルーク殿……。魔王領への友好的買収(M&A)およびホワイト労働法の布教ミッションですが……完敗です。我々の常識が、全く通じませんでした……!」

アリスが床に手をついたまま、悔し涙を流した。


ルークは息を呑んだ。

アリスの圧倒的な武力(強引な交渉力)と、ザックの緻密な書類攻撃(コンプライアンスの押し付け)は、これまでいかなる無法者や他国の軍隊をも屈服させてきた。その二人が、手も足も出ずに逃げ帰ってきたというのか。


「魔王軍には、圧倒的な魔力を持つ大幹部でもいたのか?」

ルークが尋ねると、二人は力なく首を振った。


「違います、ルーク殿。奴らは……『寝ない』のです」

アリスが恐怖に顔を引きつらせて語り始めた。


「魔王領の国境で、我々は魔族の労働者たちに『1日8時間労働』と『有給休暇』の素晴らしさを説きました。しかし彼らは笑ってこう言ったのです。『我々は魔王様のために、24時間365日戦っている! 休暇など甘えだ!』と……!」


「さらに……」ザックが震える声で続く。

「奴らの陣地には、夜という概念がありませんでした。煌々と燃える松明の下で、魔族たちが謎の黄色い液体――『魔剤エナジーポーション』をラッパ飲みしながら、徹夜で土木工事と軍事訓練を続けているのです。俺が『労基法違反だ!』と叫んでも、『気合と根性が足りん!』と一蹴され、逆に朝礼(という名の軍事パレード)に強制参加させられ……! 俺たち、三徹(三日徹夜)させられて、命からがら逃げてきました……!」


ルークの背筋に、冷たい汗が伝った。

24時間365日。気合と根性。エナジーポーション。

そのワードの羅列は、ファンタジーの魔王というより、ルークが前世で新入社員だった頃に耳にした、ある特定の時代の「狂気」を強烈に想起させた。


その時である。

執務室の空間が突如として歪み、強烈な魔力のノイズとともに、巨大な立体ホログラムが空中に投影された。


『――通信、繋がっとるか? おお、映った映った。ワシだ、ワシ』


ホログラムに現れたのは、漆黒の巨大な鎧を着た、筋骨隆々の初老の男だった。

しかし、その鎧の上にはなぜか「ネクタイ」が締められており、手には栄養ドリンクのような小瓶を握っている。頭には立派な二本の角が生えているが、髪型は綺麗に撫で付けられたオールバック(七三分け)だ。


「なっ……魔王!? なぜ当自治領の通信回線に直接ハッキングを!」

アリスが立ち上がろうとするが、足がもつれて倒れ込む。


『ガハハハ! サン・アンドの総督とやら、初めましてだな! ワシが魔王領・代表取締役魔王のダイコクだ! いやぁ、君のところの優秀な社員アリスとザックには世話になったよ! なかなか見込みがあるから、うちで「猛烈社員モーレツまぞく」として鍛え直してやろうと思ったんだが、逃げられてしまってな!』


豪快な笑い声。無駄にデカい声量。そして、画面越しに伝わってくるむせ返るような「圧」。

ルークは直感した。こいつは、魔族ではない。


「……お前、転生者だな」

ルークが低い声で問うと、魔王ダイコクはニヤリと笑った。


『いかにも! ワシも昔は、極東の島国でしがない営業マンをやっとってな! 高度経済成長期を、足の裏に血豆を作りながら駆け抜けたもんよ! トラックに轢かれてこの世界に来た時は驚いたが……いやぁ、この世界の連中はヌルい! ヌルすぎる! だからワシが、愛のムチで「働く喜び」を教えてやったのよ!』


ダイコクは小瓶のエナジーポーションをグビッと飲み干し、ドンッと胸を叩いた。


『聞けば、君のところは「定時退社」だの「残業禁止」だの、甘ったれたルールで街を運営しているそうじゃないか。そんな「事なかれ主義」のホワイト企業マインドでは、激動の異世界グローバル競争は生き残れんぞ!』


ルークの胃が、ギリギリと痛み始めた。

最悪だ。最も関わりたくない人種だ。

効率やシステム化を鼻で笑い、すべてを「気合」と「長時間労働」で解決しようとする、昭和の猛烈サラリーマン。それが圧倒的な魔力と権力を手に入れてしまったのが、目の前の魔王なのだ。


『ワシの経営理念は一つ! 「24時間、戦えますか?」だ!』

ダイコクが画面越しにルークをビシッと指差す。


『いいかルーク総督! 我が魔王軍は、すでにサン・アンドを「競合他社」と認定した! 来月、我が軍の精鋭(営業部隊)十万を率いて、そっちの領地に「敵対的買収(武力侵攻)」をかけさせてもらう! ワシの猛烈マインドで、君のところの甘ったれた領民たちを、立派な企業戦士(24時間労働者)に叩き直してやるから覚悟しておけ! ガハハハハ!』


ブツンッ。

一方的に通信が切れ、執務室に静寂が戻った。


「ルーク殿……! も、申し訳ありません……我々が魔王領を刺激したばかりに……!」

アリスが青ざめた顔で謝罪する。


「十万の猛烈魔族……! あんな、三日三晩寝ずに襲いかかってくるような狂戦士の集団を相手にしたら、防衛部隊の労働時間がとんでもないことになります……! 我々のホワイト環境が崩壊する!」

ザックが頭を抱えて絶望する。


ルークは、静かに眼鏡を外し、布で拭いた。

彼の心の中には、かつてないほどの激しい怒りと、絶対に譲れない「一線」に対する危機感が燃え上がっていた。


(魔王軍に支配されれば……私は毎朝、全校集会のような朝礼に出席させられ、社訓を大声で復唱させられ、夜中まで続く無意味な接待の飲み会(飲みニケーション)に強制参加させられる……!)


それだけは。

それだけは、死んでも御免だ!!


「……アリス、ザック。よく聞け」

ルークは眼鏡をかけ直し、かつてないほど鋭い眼光を放った。


「我々はこれより、魔王軍を完全に打倒する。剣や魔法の力ではない。圧倒的な『効率化』と『労働環境の優位性』をもって、奴らの前時代的なブラック企業マインドを根底から粉砕するのだ!」


ルークの「絶対にハードワークしたくない」という強烈な事なかれ主義が、皮肉にも異世界最大の戦争(労働環境改善闘争)の引き金を引いた瞬間であった。

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