第40話「豚のいびき亭・サンアンド支店と、至高のランチタイム」
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それから一ヶ月後。
サン・アンドの商業区画の一角にオープンした『豚のいびき亭・サンアンド支店』は、連日異常なまでの活気に満ちていた。
「おう女将! この『山盛りイノシシ肉の煮込み』、最高に美味えな!」
「ガハハ! 帝国じゃあこんな味の濃いメシ、食えなかったぜ!」
獣人の警備隊や、ドワーフの機工団、果ては元・魔王軍の魔族たちまでが、肩を並べてジョッキを傾けている。
女将が作る料理は、高級な食材など一切使っていない。荒野で採れた野草や、安い魔物の肉を大鍋で豪快に煮込んだだけの、塩と香辛料が強烈に効いた「スラムの味」だ。
しかし、それが良かった。
ガチャで排出された全自動調理ホムンクルスが作る「栄養バランスが完璧で上品な料理」に少し飽き始めていた荒くれ者たちにとって、女将のジャンクで温かい手料理は、彼らの胃袋と心を強烈に鷲掴みにしたのである。
「ほら、お代わりだよ! あんたたち、しっかり働いてるんだから、塩分摂りな!」
女将は相変わらずの大きな声で、笑いながら客たちに大盛りのおかずを配り歩いていた。
その日の昼下がり。
客足が少し落ち着いた頃、店の隅の小さなテーブル席に、深くフードを被った男が一人で座っていた。
ルークである。
彼は「1時間きっちりの昼休憩」を利用し、お忍びでこの店を訪れていた。
「……はいよ。お待ち遠さま」
女将がドンッと、木の器に入った熱々の野菜スープと、少し焦げた黒パンをルークの前に置いた。
「ありがとうございます」
ルークはフードを少しだけずらし、木のスプーンでスープをすする。
――しょっぱい。そして、ちょっと泥臭い。
だが、それが無性に美味かった。
「……どうだい、総督様。あんたのところのピカピカの城で食べるご馳走に比べりゃ、豚のエサみたいなもんだろう?」
女将が腕を組み、ニヤリと笑いながらルークを見下ろす。彼女はNDAをきっちり守り、ルークの正体を他の客にバラすような真似はしていなかった。
「いえ……最高です。これこそが、私の求めていた味です」
ルークは本心からそう言った。
前世で、徹夜明けに駅前の立ち食いそば屋で食べた、あの安っぽいけれど体に染み渡るような出汁の味。それに通じる、飾らない温かさがこのスープにはあった。
「ふん。相変わらず貧乏舌だねぇ。あんた、総督なんて偉そうな肩書きがついてるけど、昔とちっとも変わっちゃいないよ。目が『楽して生きたい』って言ってる」
「……お見通しですか」
ルークは苦笑した。アリスやザック、領民たちはルークを「慈愛と効率の神」「完全なる賢者」として崇め奉っている。誰もルークを「怠け者のおっさん」としては見てくれない。
だからこそ、この女将の前でだけは、ただの「事なかれ主義のルーク」に戻ることができる気がした。
「ほら、もっと野菜をお食べ。一日中机の前に座ってたら、体がなまるよ」
女将が、ルークの器にお玉で乱暴に煮込み野菜を追加する。
「あ、すみません。……美味しいです」
「ガハハ! 当たり前さ! あたしの料理を食べてれば、病気なんて寄り付かないよ!」
ガチャの遺物でもなく、複雑なコンプライアンスも関係ない。ただの温かい昼食。
ルークは、周囲で談笑する領民たちの声と、女将の豪快な笑い声をBGMに、熱いスープをゆっくりと飲み干した。
(タワーの最上階で飲むコーヒーもいいが……たまには、こういう『ぬるま湯』も悪くないな)
ルークは小さく息をつき、満足げに腹をさすった。
「ごちそうさまでした。午後も……まあ、適当に書類にハンコを押してきます」
「ああ、せいぜいサボらないように働きな! またおいで!」
女将の威勢のいい声に見送られながら、ルークはフードを目深に被り直し、自分の「安全で快適な職場」へと、のんびりとした足取りで帰っていくのだった。
事なかれ主義の賢者の、短くも至福のランチタイムであった。
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