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第38話「四半期定例・現状確認(ステータス・アップデート)と、拡大するダイバーシティ」

「……さて。本日は当サン・アンド自治領の、四半期に一度の『現状確認ステータス・アップデートミーティング』を行う。各自、要点を絞って端的に報告するように」


サン・アンドの中央にそびえるタワーマンションの最上階ペントハウス

ルークは「絶対安眠チェア」に深く腰掛け、最高級のコーヒーを啜りながら、極めて面倒くさそうに宣言した。


リモート会議で世界平和を(勝手に)成し遂げてから数ヶ月。ルークの目論見としては、世界が平和になったのだから、自分の仕事も減り、ひたすら現状維持のぬるま湯に浸かれるはずだった。

しかし、どうにも最近、窓の外に見える街の景色が「知らない形」に変貌し続けている気がしてならない。自分の預かり知らないところで面倒事が起きていないか、念のための「現状確認」である。


「はいっ! まずは私、ザックより財務およびインフラ部門の『KGI(重要目標達成指標)』の進捗をご報告いたします!」


元チンピラにして現・最高財務責任者(CFO)のザックが、ビシッとスーツ(のような黒服)を着こなし、ルークのデスクに分厚い羊皮紙の束をドンッと置いた。


「結論から申し上げます。当期の自治領GDP(域内総生産)は、前年同期比で『約45,000%』の成長を記録いたしました。これはエルドリア王国と神聖帝国を合わせた国家予算の、およそ三倍に相当します」


「……ブフッ!?」

ルークは飲んでいたコーヒーを吹き出しそうになった。


「よんまん……なんだって? ちょっと待て、どうしてそんな天文学的な数字になっている。私はただ、お前たちに『予算内で適当に街を回せ』と指示しただけだぞ!?」


「ルーク様の『完璧な自動化システム』のおかげです!」ザックが目を輝かせる。「あのポンコツ遺物……いえ、神の御業たる『ガチャ』によるインフラ整備が、完全な自己増殖のフェーズに入りました。我々が整備した全自動石畳舗装ゴーレムは、休むことなく働き続け、現在、大陸全土の主要街道の95%を『サン・アンド規格』で舗装し終えました。これにより、大陸中の全物流が当領地を経由する仕組み(プラットフォーム)が完成し、通行料と関税免除による莫大な手数料マージンが雪だるま式に国庫へ流入しております!」


(大陸全土の街道を勝手に舗装しただと!? 他国の領土侵犯ギリギリじゃないか!)


ルークは胃の辺りを激しく押さえた。

「ザ、ザック。その莫大な資金はどう管理している……。脱税や裏帳簿がバレたら、他国から一斉に監査が入って戦争になるぞ……」


「ご安心を! 資金の大半はすでに『ガチャ』への再投資に回しております! 現在、タワーの地下第一層から第五層まで、ガチャから排出された【SR:純金の延べ棒】や【SSR:伝説の魔導具】の在庫デッドストックで溢れ返っております。もはや金庫という概念を超え、物理的な『宝のダンジョン』と化しています!」


資金洗浄マネーロンダリングの規模がデカすぎる……! ガチャを貯金箱代わりに使うな!」


ルークはこめかみを揉みながら、隣で直立不動の姿勢をとっているアリスに視線を移した。

「……アリス。お前の方はどうだ。人事および治安維持の状況は……」


「はっ! 人事・環境統括のCEOとしてご報告いたします! 当領地の『ダイバーシティ&インクルージョン(多様性と包摂)』は、完璧な状態です!」

アリスが誇らしげに胸を張る。


「現在、当サン・アンドの人口は十万人を突破。その内訳は、人間が三割、獣人とドワーフが三割、そして……残りの四割が『魔族』となっております」


「……魔族?」

ルークの動きが完全に停止した。


「はい! 先日、北の魔王領から『我が軍のブラックな労働環境(無休の人間界侵略シフト)から逃れたい』という亡命希望者が殺到いたしました。私はルーク殿の『来る者は拒まず、定時で帰せ』という理念に従い、彼ら全員に雇用契約書を交わさせました!」


「ちょっと待てアリス!! 魔王領の魔族を勝手に大量雇用したのか!? もし魔王が怒って攻めてきたらどうするんだ!」


「ご懸念には及びません」アリスが涼しい顔で答える。「すでに魔王軍の『四天王』のうち三名を、当総督府のカスタマーサポート部門および夜間警備部門の『エリアマネージャー』として厚遇でヘッドハンティング済みです。彼らは暗視能力に優れ、クレーマー(モンスター)対応のプロフェッショナルです。残業代がしっかり出ることに感動し、今ではルーク様に絶対の忠誠を誓っております」


「四天王を中間管理職にするな!! 魔王が泣いてるぞ!!」


ルークは頭を抱えて机に突っ伏した。

ほんの少し「現状確認」をしただけで、自分の領地が大陸全土の物流を支配し、地下に巨大な宝物庫ダンジョンを抱え、あろうことか敵対勢力である魔王軍の幹部まで自社の社員(領民)として取り込んでいるという、正気の沙汰とは思えない事実が次々と発覚したのだ。


「ルーク様……? いかがなさいましたか。我々、何かコンプライアンスに違反するようなマネを……?」

ザックが心配そうに覗き込む。


「違反どころか……完璧すぎるんだよ。組織として狂っているレベルで……」


ルークは深呼吸をし、前世で幾度となく経験した「上司としての責任逃れ(という名の軌道修正)」のテクニックを発動することにした。


「……いいか、二人とも。組織が急速に拡大する『成長期グロースフェーズ』においては、むやみな拡大はリスクを伴う。我々は今一度、自らの『コア・コンピタンス(中核となる強み)』を見直さなければならない」


ルークはもっともらしい顔で、ろくろを回すような手つきをした。

「我々の強みは『圧倒的なホワイト労働環境』と『定時退社による精神の安定』だ。これ以上の領土拡大や、他国への過度な干渉は、結果として我々自身の残業時間ハードワークを増やす結果になる。……よって、今期の目標は『選択と集中』。現状維持ステータス・クォーを最優先とする。分かったな?」


(頼むから、これ以上仕事を増やさないでくれ。本当に死んでしまう)

ルークの魂からの叫びだった。


しかし、強すぎる忠誠心を持った部下たちのフィルターを通すと、その言葉は全く別の意味に翻訳されてしまった。


「……なるほど!!」

アリスがポンッと手を打つ。


「現状の『ホワイトな楽園ステータス・クォー』を維持するためには、外部からの予測不能なストレス(残業の種)を未然に排除する必要がある。つまり、我々の理念を理解しない愚かなブラック国家や、残された魔王軍そのものを、我々の『完全な管理下』に置くことこそが『選択と集中』ですね!」


「その通りだアリス!」ザックが同調する。「ルーク様の仰る『コア・コンピタンス』とは、世界中の全ての労働者を解放し、このサン・アンドのシステムに統合すること! そのための資金(ガチャの余剰SSRアイテム)は腐るほどある! 完璧な戦略だ……!」


「いや、違う! 話を聞け!」


ルークが慌てて否定しようとしたが、二人の目はすでに「新たな大規模プロジェクト(世界的買収劇)」に向けて燃え上がっていた。


「直ちに『魔王領完全買収プロジェクトチーム』を発足させます! CEOの権限において、本日より魔王へのTOB(株式公開買付ならぬ、領地公開買付)を開始いたします!」

「俺は資金調達と、帝国側への根回し(物理的な圧力)に入ります! ルーク様、承認のハンコを!!」


ザックが光の速さで「決裁書」をルークの目の前に突きつける。


もはや、止められる空気ではなかった。

ここで下手に説明を長引かせれば、会議の時間が延び、自分の「昼寝のスケジュール」が狂ってしまう。


「……あー、もう。勝手にしろ。ただし、絶対に私を現場に引っ張り出すなよ。責任はすべてお前たちで取れ」


ルークは半ばヤケクソで、決裁書にポンッと「ルーク印」を押した。

そのハンコ一つが、ファンタジー世界における前代未聞の『魔王軍の友好的買収(M&A)』という歴史的事業をスタートさせたことを、彼はあまり深く考えていなかった。


「ふう……現状確認、終わり。とりあえず、今のところ私のデスクは安全だ」


ルークはため息をつきながら書類の山を押し除け、「絶対安眠チェア」のスイッチを入れた。

防音結界が張り巡らされ、極上のクッションが疲れた体を包み込む。外の世界で部下たちが魔王城に「契約書」と「莫大な退職金」を持って突撃していることなど、今の彼には関係のないことだった。


事なかれ主義のおっさんは、今日も世界を急速にホワイトに染め上げながら、ひたすらに安眠を貪るのであった。

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