第31話「10連ガチャの誘惑と、タワーマンション(神の塔)の建立」
サン・アンド荒野。かつて不毛の地と呼ばれたその場所は、わずか数ヶ月の間に、異世界において最も異質で、最も活気に満ちた「謎の独立国家」へと変貌を遂げていた。
流浪民たちが整備した完璧な石畳の上を、獣人の自警団が規則正しく巡回している。ドワーフたちがフレックスタイム制を謳歌しながら築き上げた堅牢な石造りの工房からは、リズミカルなハンマーの音が絶え間なく響き渡っていた。
「1日8時間労働」「完全週休二日制」「残業代全額支給(そもそも残業禁止)」。
この、狂気とも言える「徹底したホワイト統治」の噂は、過酷な労働環境にあえぐ周辺諸国から、まるでブラックホールのように難民や労働者たちを吸い寄せていた。
その結果――現在の領民数は、ついに三百人を突破しようとしていた。
「……計算が狂った。いくらなんでも、人口増加のスピードが異常すぎる」
プレハブ型執務室の中で、ルークは頭を抱えていた。
彼の机の上には、ザックが提出した『居住区画に関する現状分析およびリスク評価報告書』が広げられている。
「ルーク様。さすがにプレハブ寮の増築と、ドワーフたちによる石造り住居の建築ペースが、新住民の流入に追いついておりません。現在、一部の獣人やドワーフたちが、ひとつの部屋にすし詰めで寝起きしている状態です」
ザックが、眉間に深い皺を寄せて報告を読み上げる。
「このままでは、当自治領が掲げる『居住空間における最低限度の文化的コンプライアンス(一人当たりの専有面積規定)』に明確に違反します。労働基準監督署(※存在しないが、ルークの脳内には強烈に存在する)の立ち入り検査レベルです」
「……住環境の悪化は、労働意欲の低下を招き、やがては暴動へと直結する」
ルークは血走った目で呟いた。
ストライキ。それはルークにとって「死の宣告」に等しい。
もし領民たちが労働を放棄すれば、街のインフラは瞬く間に停止する。食料の配給が滞り、治安は悪化し、クレームの嵐がルークの執務室に殺到するだろう。その対応に追われれば、定時退社はおろか、休日のシエスタすら永遠に失われる。
「冗談じゃない! 私はただ、自分が定時で帰って、フカフカの安眠チェアで一生ダラダラしたいだけなんだ! なぜ、人口三百人の都市計画(スマートシティ構想)なんて大事業を、この私が考えなきゃならないんだ!」
ルークは悲痛な叫びを上げながら立ち上がった。
彼の背後には、ドワーフたちがフレックスタイムで作り上げた高品質な武具や、特産品となった「激辛カレーのスパイス」を近隣の都市に売り捌いて得た、莫大な利益――金貨と銀貨の山が、麻袋に詰められて無造作に積み上げられている。
「ルーク殿! 私がCEOとして、領民たちに『清貧の思想』と『連帯感(テントでの野宿)』の素晴らしさを説いてまいりましょうか!」
アリスが頓珍漢な精神論を提案してくるが、ルークは手でそれを制した。
「精神論で腹は膨れないし、雨風も凌げない。……物理的な『ハコ(住居)』が必要だ。それも、一瞬で三百人を収容でき、かつ今後の人口増加にも耐えうる、規格外のハコが」
ルークの視線は、プレハブの隅に鎮座するあのポンコツ遺物――『古代のガチャ円筒』へと注がれていた。
赤錆だらけの無骨な鉄の塊。これまで、石畳舗装ゴーレムやプレハブ執務室、そしてカレーの大鍋といった数々のインフラを吐き出してきた、奇跡と絶望のデバイス。
「……これだけ資金(軍資金)があれば。ついに、アレができるな」
ルークは、麻袋の一つを乱暴に引き寄せた。ジャラジャラと銀貨が擦れ合う、魅惑的な音がプレハブ内に響く。
彼の瞳には、前世のソシャゲ廃人のような、ドス黒い欲望と一縷の望みが混ざり合った「投資家の狂気」が宿っていた。
「ルーク様……? まさか、その大量の銀貨をすべて、その鉄屑に突っ込むおつもりですか?」
ザックが恐る恐る尋ねる。
「そうだ。チマチマと単発で回していても、排出率の壁は越えられない。インフラの爆発的拡張には、それ相応の『リスクテイク』が必要なんだ」
ルークは、銀貨を両手いっぱいに掬い上げると、ガチャのスリットに向かって次々と、狂ったようなスピードで流し込み始めた。
チャリン、チャリン、チャリンチャリンチャリン!!
硬貨が飲み込まれる音が、まるで呪文のように連鎖する。
前世の記憶が蘇る。夏のボーナスを全額突っ込み、爆死したあの虚無感。しかし、極稀に訪れる「確定演出」の脳内麻薬。
「回れ……! 俺の安眠と、領民たちの文句を言わせない平穏のために! 禁断の『10連ガチャ』!!」
ルークが渾身の力で重い鉄のハンドルを連続で回した。
ガリガリガリガリッ!! ガコン!! ガコン!!
ガチャ本体が、かつてないほどの激しい振動を起こし、眩い光を放ち始めた。
円筒の下部から、次々とカプセルが吐き出されていく。
『【N】:観葉植物』
『【R】:全自動水洗トイレ(ウォシュレット機能付き)×3』
『【SR】:大浴場セット(サウナ付き)』
「……くそっ! トイレと風呂はありがたいが、私が欲しいのは居住空間だ! 出ろ……! 出てくれェェッ!!」
ルークが血の涙を流しながら叫ぶ中、最後の、十個目のカプセルが転がり出た。
それは、これまでのようなくすんだ金属色ではなかった。
虹色。
七色の光を放ち、カプセル自体が脈打つように神々しく輝いている。
「……きた」
ルークの呼吸が止まった。
「き、きたぁぁぁッ!! 虹色だ! 確定演出(UR:アルティメットレア)だァァァ!!」
ルークは震える手で、その虹色のカプセルを拾い上げた。
その瞬間、カプセルが弾け飛び、中から飛び出した小さな羊皮紙が、太陽すらも霞むほどの圧倒的な光の柱となって、プレハブの天井を突き破り、荒野の空高くへと立ち昇った。
ズゴゴゴゴゴォォォォォォッッ!!!
天地を揺るがす凄まじい地鳴りが響き渡る。
「ひぃぃッ!? じ、地震ですルーク様!!」
「ルーク殿、外へ!!」
ザックとアリスに引きずられるようにしてプレハブを飛び出したルークが目にしたのは、神話の光景そのものだった。
光の柱が収束した荒野の中央。
そこにあった岩山が跡形もなく消え去り、代わりに地中から、巨大な建造物が天を衝くような勢いでせり上がってきたのだ。
「な……なんだ、あれは……!!」
外で作業をしていた獣人も、ドワーフも、流浪民たちも、全員が手に持っていた道具を取り落とし、口をポカンと開けてその圧倒的な威容を見上げた。
それは、ガラス張りの近代的な意匠と、堅牢な石造りのファンタジー建築が完璧に融合した、三十階建ての『全自動自給自足型・高層居住区画(ファンタジー風タワーマンション)』だった。
朝日に照らされてキラキラと輝く巨大な塔。
エントランスには高級ホテルのような車寄せがあり、外壁には魔導エネルギーで稼働する空調の室外機が規則正しく並んでいる。
各階のバルコニーからは、防音魔法の微かな光が漏れ、最上階に至っては、専用の空中庭園まで完備されていた。
「ルーク様が……神の塔を一瞬にして建立なされた……!!」
ドワーフの親方が、膝から崩れ落ちて震える声で叫んだ。
「見よ! あれが我らの総督の真の力! 慈愛と効率の神、ルーク様が、我々に安住の天界を与え給うたのだ!!」
アリスが感極まり、両手を天に掲げて叫ぶ。
「「「ルーク総督万歳!! 神の塔、万歳!!」」」
三百人の領民たちが、タワーマンションに向かって、そしてルークに向かって、一斉に平伏し、狂信的なまでの祈りを捧げ始めた。
(……いや、ただガチャでタワマン引き当てただけなんだけど)
ルークは、自分の周囲の空気が「完全なる宗教のそれ」に変わってしまったことに冷や汗を流しながらも、内心ではガッツポーズを決めていた。
「……ふははは。これで三百人どころか、数千人は余裕で収容できる。魔導エレベーター完備、各部屋に自動清掃機能付き。……人口による居住リスクは、これで完全にクリアだ」
数日後。
ルークは、このタワーマンションの最上階――もっともセキュリティが堅牢で、誰にも邪魔されない『ペントハウス』に、自らの執務室と「絶対安眠チェア」を移設した。
眼下には、タワマンに入居して狂喜乱舞する領民たちの姿と、活気に満ちたホワイトな街並みが広がっている。
防音ガラスは外界の喧騒を完全に遮断し、魔導空調は室温を常に24度に保っている。
ルークはフカフカの安眠チェアに深く腰を沈め、最高級のコーヒーを優雅にすすった。
「素晴らしい。これぞ、完璧なトップダウンと自動化がもたらす、至高の事なかれ主義(ぬるま湯)だ。……もう私は、この部屋から一歩も出ないぞ」
ガチャの理不尽な力と、ルークの狂気的なホワイト労働法。
それらが完全に結びついた時、サン・アンド荒野は、異世界で最も発展し、最も労働環境の良い「謎の超常独立国家」としての形を、ついに完成させたのである。
事なかれ主義のおっさんは、三十階建てのタワーマンションの頂で、今日も「いかに自分が働かないか」という深遠な計画に没頭し、心地よい眠りへと落ちていくのだった。




