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第26話「鉄屑の遺物と、運任せの投資(ガチャ)」


見渡す限り、赤茶けた荒野が広がっている。

乾いた風が吹き抜けるたびに、容赦のない砂埃が舞い上がり、喉の奥をザラザラと撫でていく。空には雲一つなく、ギラギラと照りつける太陽が、大地からあらゆる水分を奪い取ろうとしているかのようだった。


「……最悪だ。私の完璧なホワイト環境ペントハウスが、こんな何もない土塊グリーンフィールドに成り下がるなんて」


王国の東端に位置する未統治エリア『サン・アンド荒野』。

そのど真ん中にポツンと張られた粗末な天幕テントの中で、ルークは手で口元を覆いながら深く、深く絶望の吐息を漏らした。

冷暖房完備の絶対安眠チェアはない。淹れたてのブルーマウンテンもない。あるのは、座るたびにギシギシと鳴る折り畳み椅子と、ぬるくて泥臭い水が入った水筒だけだ。


「ルーク様! 嘆いている場合ではありません! 我々は今、この地に新たなる『完璧なコンプライアンス国家』をゼロから建国する、栄えある第一歩を踏み出したのですから!」

アリスが、砂埃で白銀の鎧を薄汚しながらも、満面の笑みでテントに入ってきた。その瞳には「新規事業立ち上げ(スタートアップ)」に対する異常なまでのモチベーションが燃え盛っている。


「そうだぜルーク様! ここには邪魔するお偉いさんも、面倒な法律もねえ。アンタの理想とする『定時退社』の街を、俺たちの手で一から作れるんだ!」

ザックもまた、元チンピラ特有のバイタリティを発揮し、汗だくになりながら荷車の荷下ろしを終えて合流した。


二人の眩しすぎる熱意を前に、ルークの胃はキリキリと痛み始めた。

(ゼロから街を作る? 冗談じゃない。上下水道の整備から始まり、魔導通信網の敷設、道路の舗装……どれだけの土木工事と莫大な初期投資イニシャルコスト、そして果てしない残業ハードワークが必要になると思っているんだ。私の過労死が先か、資金ショートが先かという絶望的なプロジェクト計画じゃないか!)


事なかれ主義のおっさんにとって、インフラが整っていない現場ほど恐ろしいものはない。


「ルーク様、そういえば……赴任の際、領主様から『開拓の助けにせよ』と下賜された、王家の宝物庫にあったという魔法のアイテムがありましたね。あれを開けてみましょう!」

ザックが、厳重に封印された重々しい木箱をテントの中央に運んできた。


「開拓の助け……? まさか、天候を操る魔導具か、巨大な城を呼び出す古代の遺物か?」

一縷の望みを託し、ルークは木箱の封印を解いた。


ギィィ……と重い蓋が開く。

中から現れたのは、ルークの期待を無残に打ち砕くようなシロモノだった。


それは、赤錆だらけの奇妙な金属製の円筒だった。

高さはルークの腰ほど。正面には、中身を覗き込むための透明なガラスのような窓がついているが、長年の汚れと曇りで内部はほとんど見えない。

そして、本体の下部には不自然に出っ張った小さな鉄の「ハンドル」と、硬貨を一枚だけ入れられそうな細長い「スリット」が口を開けていた。


「なんだ、これは。領主閣下も『使い方は誰も知らないが、古代の叡智が詰まっているらしい』と仰っていましたが……ただの鉄屑にしか見えませんね」

ザックが呆れたように円筒を小突く。ゴン、と鈍い音が響いた。


「魔力も一切感じられません。武器でも防具でもないようですし……ただの巨大な文鎮でしょうか?」

アリスも首を傾げる。


しかし、ルークだけは違った。

彼はその錆びた円筒をじっと見つめ、ゆっくりと周囲を回りながら、あらゆる角度から観察した。

スリットの幅。ハンドルの形状。そして、下部にある半円形の「取り出し口」のような穴。


(……いや、待て。これは……。どう見ても、前世のデパートの屋上や、スーパーの片隅にあった『カプセルトイ(ガチャガチャ)』の本体じゃないか……?)


ルークの脳裏に、遠い昔の記憶がフラッシュバックする。

子供の頃、百円玉を握りしめて回した記憶。そして大人になり、スマートフォンの画面越しに、目当てのキャラクター(SSR)を引き当てるために給料を突っ込み、ボタンをタップし続けた、あの「運と欲望」の記憶だ。


「……古代の叡智、ねえ」

ルークは、ポケットから一枚の『銀貨』を取り出した。


「ルーク様? 何を……」

ザックが不思議そうに見つめる中、ルークはその銀貨を、円筒のスリットにスッと差し込んだ。


チャリン。

硬貨が内部に吸い込まれ、金属同士がぶつかる小気味良い音が鳴る。


「……よし。入った」

ルークは息を飲み、右手で錆びた鉄のハンドルをしっかりと握りしめた。


投資リスクに対して、何が返ってくるか分からない。しかし、現状のこの何もない荒野で、正攻法の開拓など行えば自分が過労死するのは目に見えている。ならば、この得体の知れない遺物に、己の運命とわずかな資金を賭けてみる(投資する)価値はある。

前世で、中身の分からないコーヒー豆の『福袋』を買う時のような、あるいは深夜にソシャゲのガチャを回す時のような、あの独特の期待と不安を胸に。


「回れ……! 私の安眠と、平穏な日常のために!」


ルークは、ギギギ……と軋む音を立てる重いハンドルを、渾身の力を込めて時計回りに回した。


ガリガリッ、ガコン!


内部の歯車が噛み合う鈍い音がテント内に響き渡った。

そして、円筒の下部にある取り出し口から――


ゴロン。


手のひらサイズの、くすんだ真鍮色の『丸い金属カプセル』が転がり出てきた。


「な、ルーク様! 鉄屑が卵を産みましたよ!?」

ザックが驚愕して後ずさる。

「まさか、魔物の卵……!? お下がりください総督、私が両断します!」

アリスが聖剣に手をかける。


「待て、斬るな! これは卵じゃない。……『リターン(成果物)』だ」


ルークは震える手でその金属カプセルを拾い上げた。ひんやりとした感触。そして、中央の継ぎ目に沿って指で力を込めると、パカッ、と乾いた音を立ててカプセルが開いた。


中には、小さな羊皮紙が丸められて入っていた。

ルークがそれを広げると、そこには古代文字で短い一文が記されていた。


『【Rレア】:全自動・石畳舗装ゴーレム(小型)』


「あーる……? ぽそうごーれむ?」

アリスが背後から覗き込んで首を傾げたその瞬間。


羊皮紙が突如として眩い光を放ち、テントの中を白く染め上げた。

「うおっ!?」

光が収まると、ルークの足元には、モクモクとした煙と共に「見慣れない物体」が出現していた。


それは、直径一メートルほどの、平べったい円盤型のゴーレムだった。

艶消しの黒い金属装甲に覆われ、前面にはセンサーのような青い光が点滅している。前世の『ロボット掃除機ルンバ』を巨大化させ、より重厚にしたようなフォルムだ。


「ピポッ」

円盤型ゴーレムは短い電子音を鳴らすと、ルークに向かってまるで一礼するかのように本体を前傾させた。

そして、テントの外の荒れ地へと、タイヤ音を立てて滑るように飛び出していったのだ。


「お、おい! 逃げましたよルーク様!」

ザックが慌てて後を追う。ルークとアリスも天幕を飛び出した。


そこで三人が目にしたのは、信じられない光景だった。


「ヴゥゥゥゥン……!」


小型ゴーレムの下部から、高熱の魔法陣が展開された。

ゴーレムが赤茶けた荒野の土の上を通過すると、土は一瞬にして融解・圧縮・冷却され、そこに『寸分の狂いもない、完璧に平らで美しい長方形の石畳』が形成されていくのだ。


ゴーレムは全く休むことなく、一定の速度で荒野を走り回り、みるみるうちにテントの周囲を清潔で歩きやすい石畳の広場へと変貌させていく。その動きは極めて合理的で、無駄なターンや隙間を一切生み出さない。


「な……なんだ、あの滑らかな動きは……!」

アリスが目を丸くして立ち尽くす。

「た、たった数分で、腕利きの土木職人十人がかりの仕事を終わらせちまったぞ……! しかも、魔力切れの様子もねえ!」

ザックが驚愕の声を上げる。


ルークは、自分の手にある空のカプセルと、錆びた円筒(遺物)を交互に見つめた。

その瞳に、かつてないほどの『狂気じみた投資家の光』が宿り始めていた。


「なるほど……完全に理解した」


ルークの脳内で、バラバラだった情報が一つの完璧な仮説へと結びついた。


「これは、ただの魔法アイテム生成機じゃない。投資額(銀貨)に対して、ランダムで『開拓用の高度なリソース(人材・インフラ設備)』が排出されるシステム……! 現代の物流や土木技術を完全に無視して、一瞬で環境を構築できるチートデバイス……!!」


使い方が分からず放置されていた王家のポンコツ遺物は、硬貨を投入してハンドルを回すという「極めて現代的(そして前世的)な消費行動」によってのみ起動する、古代の超・開拓支援ツールだったのだ。


「フ……フフフ……」

ルークの口から、低く、しかし確かな歓喜の笑いが漏れた。


自力でインフラを整えるなど、ハードワークの極みだ。

しかし、この『ガチャ』を使えば。資金さえあれば、自分は一切汗を流すことなく、指先一つでこの荒野に「完璧なインフラと自動化された街」を創り上げることができる。


「……アリス。ザック。我々のやるべきことが決まった」


ルークは振り返り、二人の部下に向けて力強く宣言した。


「今すぐ、この荒野の周辺に潜む盗賊どもや魔物の巣を制圧し、奴らのアジトから『活動資金(ガチャの軍資金)』を全額没収(差し押さえ)してこい! 合法的な資金調達だ! 銀貨をかき集めろ!」


「はっ! 荒野の浄化と資金調達ですね! CEOの腕の見せ所です!」

「ルーク様の『新規事業計画』のために、無法者どもから一滴残らず搾り取ってまいります!」


二人の強力な部下が、気合も十分に荒野へと駆け出していく。

ルークは再び錆びた遺物の前に立ち、その冷たい鉄のボディを愛おしそうに撫でた。


「さあ、見せてみろ。この絶望の荒野を、私が定時で帰れる『究極のホワイト国家』に変えるための、次なるSSRレアアイテムをな……!」


事なかれ主義のおっさんは、その強烈な保身のエネルギーと「ガチャの力」によって、この未統治エリアに、異世界で誰も見たことのない規格外の街を爆誕させるための第一歩を、ついに踏み出したのであった。

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