3 手紙
「初めまして」
凛は深々とお辞儀をする。
「初めまして!ペンタです」
ペンタも慌ててお辞儀をする。
そして、凛の周りを見るがサルビアの姿がない事に気づく。
「凛さん。サルビアは?」
「その話はあちらで」
凛が側にあるベンチを案内する。
座るなり、凛は真剣な面持ちで話を切り出す。
「サルビアから伝言を預かっています。今日はそれを伝えようとペンタさんを待っていました」
「伝言?」
「はい、私も内容はまだ把握していません。では、読みますね」
凛が胸ポケットから封筒を出し、封を切ってから手紙を取り出す。
「お願いします」
本人ではなくマネージャーがわざわざ伝えに来たということは、サルビアに何かあったのではと、ペンタは緊張する。
「ペンタ、あの約束を覚えていてくれてありがとう。本当に来てくれたんだね。私もあの日から、ペンタに会える日を夢見て歌い続けてきたよ。でも、ごめん。もう無理みたい。私の我儘でこんなに長い時間ペンタを縛ってしまったのに、本当にごめんなさい。アイドルのオーディションも中止になっちゃって、凛さんにまで迷惑かけちゃった。きっと、最初から私なんていない方が良かった。自由なんてない無意味な約束をしたばかりに、今更後悔なんかしちゃってる。ペンタ、私の事は忘れて幸せに生きてね。貴方は生きていて良いんだから。さようなら……以上です」
「は?」
凛は読み切った手紙をペンタに渡す。
ペンタは目を見開いて手紙を読み直す。
「これ、どういう意味ですか?」
ペンタは怒っていた。
両親がいなくなってからは、一度も感情を激しく表に出す事のなかったペンタでも我慢ができなかった。
そんなペンタを見て、凛も声を震わせて答える。
「……サルビアはずっと逃げていたんです」
「逃げる?何から?」
「父親と魔王様からです」
魔王。
その名前を聞いてペンタは震え出し、怒りが更に湧き上がる。
「……あの時、出会った時に言っていたんです。悪い奴から逃げてるって。私、ただの冗談だと思ってた」
「冗談なんかじゃありません。サルビアは父親から政略結婚を強いられていたのです」
「結婚?誰との?」
「魔王様です」
「…………」
理解の範疇を超えた事実に、ペンタは言葉が出せなかった。
すると、凛が立ち上がりついて来てくださいと言われる。ペンタは思考が止まったまま凛の後をついて行く。
黒一色の、この街中ではよく目立つ建物に着く。
「ここは私の家です。外では話せない内容なので、この中で説明させて下さい」
中に入り、凛がお茶を淹れてくれる。
腰を下ろし、凛はサルビアとの出会いから話し出す。
「私がこの業界に入って暫くたった頃でした。今日は偉い人が来ているからと、先輩達が気を張っていたんです。私も少しずつ慣れ始めていたので、失礼の無いようにと気をつけて仕事をしていました。そして昼過ぎに、私がその方達の楽屋へ昼食を持って行くようにと頼まれたのです。少しの失礼が自分のクビに繋がるような世界です。きっと先輩達も怖くて近寄りたくなかったのでしょう」
(芸能の世界ってそんなに怖いんだ……)
「あ!でも、普段はそんな事滅多に無いんですよ?ただ、あの方達が特別だっただけで……」
「魔王……ですか?」
凛は顔を縦に振る。
「あいつって人前には出ないんじゃ?」
「そうです。存在しているけれど、その場にはいないのです。不思議でしょう?私が楽屋に入った時、そこにいたのはサルビアとサルビアのお父様だけでした。しかし、2人の前には黒いもやのようなものがあったのです。それを数秒見ているだけで冷や汗が出てきそうなくらい、恐ろしいもやが。それがきっと魔王様でした。どうやら、サルビアのお父様と魔王様は仲が良く、普段から交流があるように見えました。私のいる間魔王様は一言も話さず、サルビアが対応してくれました。しかし、問題はその後です」
凛はお茶を一口飲み込む。
「昼食を受け取ってくれたサルビアが、急に私の手を取り楽屋を抜け出したのです」
「サルビアが?なんで?」
「それが、あのお二人から逃げたかったらしく、私を使っていない倉庫まで連れて行くなりその理由を説明してくれました。実は今二人と契約を交わしているところだったと」
「契約?」
「サルビア達がその日来ていたのは、人気アイドルの特番があったからなのです。それに出る予定だったサルビアは、最後の確認を契約を通して強制されていたのです。その内容が……」
ペンタは緊張でお茶を一気に飲み干す。
「25歳になったら魔王様と結婚する代わりに、それまでの人生は好きなように生かせて貰うというものでした」
「え、何それ。25って、その時サルビアは何歳だったの?」
「18です」
(その時に18って……)
「サルビアがいなくなったのって……?」
「昨日です」
「じゃあ私と会った時にはその約束をしていたって事?」
「この話はペンタさんと会った後の話です。ペンタさんと約束をし、その後お父様の部下に捕まり無理やり連れて来られたスタジオで私に会ったのです」
(私との約束の方が先だったんだ……)
「その事で、サルビアは酷く悲しんでいました。元々は28までの約束だったらしいのですが、楽屋で二人が25に無理やり変更されたと。デビューして一年ちょっとで人気の出たサルビアに焦ったのか、魔王様の都合か分かりませんが、あまりの勝手さに嫌になり逃げ出したと。それに私は巻き込まれたって感じですね」
凛は困ったように笑うが、その表情からはサルビアへの想いが伝わってくる。
「ん?でも可笑しいですよ。私に会った時にはすでにオーディションの話も凛さんの名前も出てきてましたよ?」
サルビアと凛がスタジオで初めて会ったのなら、ペンタと会った時に凛の名前が出るのは可笑しい。
その矛盾にペンタは気づく。
凛はその質問にふふっと笑う。
「実は、私には双子の兄がいたんです」
「へ?双子!?」
ペンタにとって双子はとても珍しい存在だった。
「ん?でも”いた”って?」
凛は悲しそうな顔で黙って頷く。
「とても正義感が強く、頼もしい兄でした。倉庫で話を聞いてから私は兄の話も聞きました。その時、兄がサルビアのマネージャーを担当していた事を知ったのです。お恥ずかしながら私と兄は仲が良くなく、あまりお互いの事については話さないのです。仕事をし始めた頃まではその様な事無かったのですが、兄が突然私を避けるようになってしまって……」
凛は下を向いている。
ペンタにその表情までは見えなくても、辛いという事は確かに伝わってきていた。
「話が逸れてしまいましたね」
「あ、いえ……」
ここまで聞いてペンタはある事に気づいて伝えようとしたが、一旦抑える事にした。
「そして、倉庫でその話を聞いた私はすぐに兄に連絡をしました。その後兄が倉庫まで迎えに来て、何も言わずサルビアを連れて行きました」
そこまで言って凛は話さなくなる。
「えっと、続きは?」
「私が知っているのはそこまでです。そこからは一昨日まで一度も会う事が無かったのです」
「一度も!?え、じゃあこの手紙は?」
「それが一昨日です。突然、サルビアが私の家に訪ねてきてこれをペンタさんに渡してほしいと頼まれたのです。そして、その後サルビアと兄は消えました。申し訳ありません。大した事を話せなくて」
「いえ!充分ですよ!むしろ、何も知らずに呑気に過ごしていた私の方が申し訳ないです……」
謝る凛にペンタも釣られて謝る。
「そんな……。ペンタさんは何も悪くありません。全ては魔王様とサルビアのお父様の勝手のせいです」
「凛さん。ひとつ質問なんだけど、何で会ったこともない私の事が分かったの?」
ペンタにとってこの街に来るのも、凛に会うのも初めてだった。サルビアと写真を撮った訳でもないのに、何故凛がペンタを見つける事ができたのか、そこが不思議だった。
「それが私の魔法なんです。一度見た事ある人だと、居場所が分かるんです」
「一度見た事あるって、何処で?」
ペンタには凛と会った記憶なんて微塵も無かった。
「サルビアの魔法は何か知っていますか?」
「あ!幻影魔法!」
「そうです。サルビアに魔法でペンタさんの姿を見せて貰っていたんです。それで見つける事ができました」
便利な魔法もあるもんだとペンタは関心するが、ある事に気づく。
「じゃあ、その魔法を使ってサルビアとお兄さんを探せないの?」
それが出来ればついでに魔王の居場所も分かるかもしれない。二人を助けに行くついでに両親と祖父の仇を打ってやろう、とペンタは企む。
しかし。
「いえ、それも既に試してみたのですが全く見つけられないのです。魔王様とサルビアのお父様も一応確かめたのですが、どちらも霧の中にいるように全く掴めなくて……」
「魔王の力かな?」
「そうですね。それとも魔王様の手下の力か……」
凛は立ち上がり台所に向かう。
「とにかく、今できる事は何もありません。通報しても無意味でしょうし、魔王様が関わっているとなると誰も助けてはくれないでしょう。なので、私は一人で探してみようと思います」
ペンタも立ち上がり頷く。
「私も手伝います。サルビアにちゃんと約束を守って貰わなくちゃ」
ペンタの言葉を聞いて凛は嬉しそうに笑う。
「ありがとうございます。一人でも多い方が安心です」
凛の笑顔に同じように笑って返すと、ペンタは端に置いていた荷物を持つ。
「じゃあ、お邪魔しました。また会いに来ます」
そんなペンタを凛は急いで呼び止める。
「何処に行くんですか!ペンタさん、この街で住める場所ないですよね?お金だって……」
凛の言う通り、ペンタの有り金は全て無いようなものだった。
「ペンタさんが良ければ、うちに住みませんか?一緒にいれば何かと情報の共有がしやすいですし、それに安全だと思うんです」
ペンタは断ろうとする。
人の厄介になるのだけは嫌な性分のせいだ。が。
「……よろしくお願いします!!」
気づいたら床におでこを当てていた。
ずっと侘しい人生だった為、ちゃんとした寝床を頂けるチャンスを逃したくは無かった。
その結果、理性よりも体が先に動いてしまった。
「良かったです!お金とかは気にしないで下さいね?私これでも仕事バリバリにこなして結構貰えているので」
(これでもっていうか、もろ仕事できる雰囲気だけどな……)
「では、廊下出てすぐの部屋が少々ほこりがあるかもしれませんが空いているので、そこに置いてある物は自由に使って下さい」
「ありがとうございます」
ペンタは凛の優しさに涙が出そうになる。
「では、荷解きが終わったら街を案内するので、声をかけて下さい」
ペンタは頷き、部屋に向かう。
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部屋に入ると、ほこりがあると言ってはいたが家具が揃っていて綺麗だった。
(きっと初めから私を泊めてくれる気だったんだ)
ペンタは凛の優しさに嬉しくなるが、すぐにサルビアを思い出して泣きそうになる。
(私の事は忘れて幸せに生きてね?)
「サルビアらしくないじゃん」
ペンタの記憶の中ではあの頃のサルビアしかいない。
明るく人生を謳歌していそうなそんな人。
(そういえば…)
あの時、流れ星に自由を願っていた事を思い出す。
「ちゃんと話を聞いておけば良かったな。でも、あの時の私にできる事なんて……」
サルビアに出会った時のペンタに、人助けをする心の余裕なんてありもしなかった。
むしろ、助けて貰ったのはペンタの方だった。
ペンタは自分が情けなくなりうずくまる。
「……絶対、見つけるからね」
ペンタは立ち上がり、机の上に置いてあるペンを手に取る。
(まずはさっき凛さんから聞いた事をまとめてみよう)
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◯サルビア(25)
約束をした時→(18)
元々の契約では28で結婚させられる予定だったが、何故か急に25に変更
契約の内容
『25歳になったら魔王と結婚する代わりに、それまでは好きなように生かせて貰う』
⚪︎なぜサルビアじゃないといけないのか?
・18の時に逃走するが、父親の部下に捕まってしまう
↑この時私に会って例の約束をする。
⚪︎朝起きた後何があったのか。部下に見つかった?
その後、すぐに魔王と父親に契約の変更を強制される
・凛(妹)を連れて逃げるが、凛(兄)に連れられて結局戻ってしまう
⚪︎凛兄妹に助けて貰いたかった?
⚪︎なぜ凛(兄)は一緒に逃げてはくれなかったのか?
◯サルビアと凛(兄)が消えたのは昨日
◯サルビアが凛(妹)に手紙を持ってきたのが一昨日
⚪︎サルビアは居なくなる日を事前に分かっていた?
◯凛(妹)の魔法
一度見た事ある人だと居場所が分かる
⚪︎サルビア達の痕跡は掴めなかった
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「あー!分かんない!!」
まとめてみると、余計にサルビアの辛い状況が目に見えて分かってしまう。
(何度も逃げるほど嫌だったんだ。それでも結局サルビアは諦めるしかなかった)
ペンタは紙を畳みウエストバッグに仕舞う。
「とりあえず今は少しずつ調べていくしかないか……」




